3年前に他界した元同僚の墓参りに行ってきた。生き残っている2人(私とT)で。もう、あれから3年・・・1周忌の時に行って以来2度目の墓参りだ。あれこれ彼の思い出話をしながら、記憶の中ではいつまでもあの年齢のままでいいよねぇ、なんて。
前にも書いたことがあるかと思うが、夏という季節は死者を身近に感じる季節だ。少なくとも私にとっては。そのためか今年も何人か、すでにこの世の人ではない人たちが夢に出てきた。父、伯母、そしてNも。Nについては今まで3回書いているのでご記憶の方もいらっしゃるかもしれない。「同志たち」(2014.11.20)、「死を想え」(同12.31)、「春は、来る」(2015.2.23)。思い出話をすれば、あの愛すべき人柄と小太りの癖に運動神経抜群のヒゲ面が鮮やかに目に浮かぶ。そして会う度に「もっと太りなよ」と言われたことも。
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お互いに思い出話をしている中、私はふと無人島の話を思い出してTに話してみた。いつだったかNに今の仕事を辞めたら何がしたいか、現実的なことは一切無視して、夢のようなことでもいいから何がしたいか、と聞いたことがある。彼の答えは「無人島に行って一人で暮す」だった。
子供が4人もいて、家族仲もいいNが一人で無人島というのは意外だった。そこで家族はどうするの?と聞くと、家族たちは自分がいなくてもちゃんとやっていけるから、と。一緒にスキーに行ったりコンサートに行ったりしていたのに、彼なりに孤立感を感じていたのだろうか。それとも、もっと単純な理由、たとえばよく言う「男のロマン」のようなものなのか。よく判らなかったが、器用で運動神経もいいから、彼なら無人島暮らしも可能であるような気がした。ランニングシャツに短パンで素足で海岸をスタスタ歩いているNの姿を想像すると、案外しっくり来るのがおかしかった。
加えて聞いてみた。もし私が行ったらどうする?と。すると彼はこう言った。「○○ちゃん(私)1人くらい、食わせてあげるのは簡単!」。ふーん・・・食わせてくれるのか。私は彼と違って不器用だし力はないし、もしそうなったら“おんぶにだっこ”だなぁ。「私、なにもできないよ」「いいの、いいの。何でもしてやるから」だって。いい年齢をしてそんな話をしているおかしなオジサン、オバサンだった。
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NはTともそんな馬鹿馬鹿しいけれど楽しい話をしていたのだろうか。それが知りたいと前から思っていたので聞いてみたのだが、全くそういうことはなかったようだ。もっと現実的なこと、たとえば仕事、給料のこと、趣味、私には言わないけれど女のこと。そんな話をしていたらしい。男同士ってそのようなものなのだろうか。
今さらながらおもしろい3人組だったと思う。普通3人というのはうまくいかないというけれど、私たち3人は3人だからこそ楽しい関係だったのかもしれないと思える。男2人と女1人という組み合せがよかったのかもしれないし、それぞれの性格、相性がよかったのかもしれない。2人になってしまったら、どこかぎこちないというか、何かが足りないっていうか、ちょっと妙な感じ。
まあそれも素面の時で(^^;)、帰りに「献杯しよう」ということになり酒が入ったら昔のように話をすることができた。昔のような会話をしながら、空の上からNが見ていたら何というだろう、と思った。おまえら、いいかげんにしろ、と言うのか。オレもいれてほしいと言うのか。去る者日々に疎しというが、それは否定しないものの私たちは決してNのことは忘れない。遅かれ早かれあっちで会えるかもしれないしね。
*ああ、9月が台風とともに去っていく・・・
*なんだかんだと、いろいろあった9月でした。詳しいことは、ナイショ!