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さて、今日で2016年も終わり。日が明ければ新年ということになるが、毎日の連続であるのには変わりない。しかし、だからこそ人はどこかで区切りをつけ、心境を新たにしようとするのかもしれない。

還暦を迎えた今年、年明けは腹痛とともにはじまった(^^;)。救急車に乗り、その後様々な検査(レントゲン、CT、大腸内視鏡検査、胃カメラ、肺ガン検診、子宮ガン検診、骨密度検査、動脈硬化検査・・・)と治療(胃潰瘍)でほぼ2016年前半が過ぎていった。

結果的に、かなりつらいこともあったが自分の身体の総点検ができたということになる。60年も生きていると、自分の身体のことはちゃんとわかっているという錯覚に陥るが、それを誰かが戒めてくれたのかもしれない。暦が一巡りしたのを機会に、60年の間に積もり積もった既成概念や妙なこだわりを一掃し、振り出しに戻れという天からの声を聞いたような気がする。

「老い」は着実に訪れている。自分もそうだが、共に暮らす者にも。10年前だったらほいほいどこにでも出かけていった私たちも、何かと腰が重たくなってきた。家人は胃ガン、大腸ポリープという大病を経て体力もなくなり、持病をいくつかかかえ、日々のあれこれと折り合いをつけながら生きている。

私も命にかかわるような病は得ていないが、身体のあちこちにガタがきて「気分爽快!元気ハツラツ!」という日はほとんどなくなってしまった。

しかし、「老い」と上手に付き合う知恵もお互い身に付けているはずである。あまり無理せず、しかし外部への目を離さず、楽しいことを探しつづける。そのための努力は怠りたくないと思う。

今年実感したのは、自分の身体の「声」のようなものがいかに大切かということだ。情報は溢れ、医者の言うことは様々だが、まず重要視しなくてはいけないのは自らの身体から聞えてくる「声」だと思う。そして、その「声」をきちんと聞き取るためには身体の中をきれいにしておかねばならない、と思うようになった。つまり、身体が欲しないものは身体に入れない、ということだ。

食べるものに関して私はかなり鷹揚というかいいかげんだったが、これからは熟慮しながら選びたいと思っている。できるだけ人工的なものは食べないこと。出来合いのものは避け、自分で作ること。自分で作れば材料が判っているので安心だし、美味しくできても失敗しても納得はできる。

そこで来年の目標を立ててみた。たいした目標ではないが、こんな程度の方が気楽で実現性は高いかもしれない。

●魚を捌けるようになること。

●包丁を自分で研げるようになること。

●調味料は厳選すること。

●発酵食品をできるだけ摂ること。

●できるだけ歩くこと。ラジオ体操をすること。

●感動する機会を逃さないこと。

このところいい天気が続いて、穏やかに晴れた冬の陽射しがやさしい。そんな中を歩いていると、贅沢はできないがとりあえず元気で生きていることへの感謝の気持ちが湧いてくる。そして、自分だけで生きているのではない、という思いも。

心も身体も、振り出しに戻ったつもりで残された年月を生きていこう。さよなら、2016年。

 

--------------業務連絡----------------------------------------------------------------------

12/3の記事にコメントを下さり、金子さんの本の注文方法をお尋ねになったymさんへ。

今のところメールは受け取っていませんが、もしメールを出したのに連絡がないということ

がありましたら、お手数ですがどの記事にでもかまわないのでコメント欄でお知らせください。

よろしくお願いいたします。

| - | 08:16 | comments(0) | - |
二通り

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「人間は二通りしかいない。○な人とと△な人だ」という物言いを時々見かける。人間全体をざっくり二通りに分けてしまうなんて乱暴だなと思いつつ、なるほどと思わせる時もあった。たとえば・・・と記憶を探るが思い出せない(^^;)。そこでささっと検索してみると、たとえばこんなことだ。

「人間は二通りしかいない。成功者と失敗者ではない。成功も失敗もする人と成功も失敗もしない人である」(中谷彰宏・・・存じ上げなかったが俳優、作家とのこと)。

「失敗は成功の元」というし、失敗を恐れていては成功もしない、失敗を恐れず成功への糧とせよ、というようなことだと思うのだが、表現はなかなか上手いものの「名言」というほどのものではないような気がする。

それはさておき、実生活やネット上のブログを読んでいて、私にもこの「二通り」を感じることがある。それは、「否定」を恐れぬ人と「否定」を避ける人、である。

数年前のことになるが、ネット上で知り合い実際に会いもして楽しい時間を過ごす人がいた。趣味の分野で共通するものがあり、また子どもをかかえて離婚という共通項もあり、お互い共感することも多かったと思う。が、ある時その付き合いも突然切れた。相手が一方的に怒ったからなのだが、当初私は何でそんなにヒステリックになるのかわからなかった。その人のブログにコメントを書いたのだが、とりたてて乱暴なことも失礼なことも書いた覚えはないのに・・・と。その疑問を解決すべくメールのやり取りをしたのだが、これが逆効果で相手は怒りを爆発させる一方。こりゃ、だめだと私もあきらめた。あきらめたが、その後も何であんなに怒ったのかずっと気にはなっていた。

その人のブログは、多少読みにくい(改行や段落の設け方により)が面白い内容があるので、それからも時々のぞいてはいた。こまめに手料理をするところなど自分にはない美点だと今でも思っているし、レシピを書いてくれているので読者にとってもありがたいことだと感心もする。が、あるとき「不愉快なことからは遠ざかろう」というようなことを書いていて(正確な文章は忘れてしまった・・・例によって・・・(^^;))、なるほど、と腑に落ちた。要するに、否定されることを極度に嫌う人だったんだな、と。

その人が極端な反応をした私のコメントなのだが、たしか「孤独」についての私見だったと思う。ブログの記事に孤独な知人の話が書かれていたので、私もちょっと自分の孤独観を書いただけだった。が、それはその人の孤独観とは全く違うものだったようで、「全く違う=自分を否定している」と思ったのだろう。違うことと否定することは似ても似つかないものだと私は思うのだが、そうとしか思えない反応だった。

思えば、実生活の中でも自分が言っていることに対する否定的な意見、感想を聞くといきなりムキになる人がいる。否定的な意見でなくても、肯定しないだけで不愉快さを露にする人もいる。ただ自分の話を「そうだ、そうだ」と聞いてくれれば満足なのであろう。時には「大変だったわね」とか「あなたも苦労したのね」とかねぎらいの言葉があるとなお嬉しいのだろう。「ふーん」で済まされてしまうと不服なのだろう。「でもさぁ、こういう考え方もあるよね」と言われた日には「否定された!」と思うのだろう。

こればかりはその人の性格なので如何ともしがたいが、時々もったいないなぁと思うことがある。人が発する意見のうち、肯定的な意見よりもむしろ否定的な意見の方に本音が多く含まれているような気がするからだ。せっかく意見を聞くのであれば、本音を聞きたいではないか。否定されることは確かに不愉快だが(私でも)、自分の考えに絶対的な自信を持っているわけではなし、違う意見を聞いた方が視野が開けることもある。

私は以前にも書いたように、自分が書く記事に対する否定的なコメントも歓迎する。あくまでも冷静なコメントであれば、の話だが。否定的な意見をきちんと書ける人はその理由もきちんと書いてくれる。そこには私が知らない事実もある。それを知った時、自分の考えが間違っていたと思えば訂正すればいいし、いやそれでも間違っていないと思えばまた自分の考えを述べればいい。そういうやり取りには緊張感があり、年々緊張する場面が少なくなっている私にとってはいい刺激剤にもなる(^^;)

ふと、昨日だったかコメントを寄せてくださった方が、「コメントがひとつもつかなくなったらブログをやめる」と書いていらっしゃったことを思いだし、その方が言う「コメント」には否定的なコメントも含まれているのだろうか、などと思った。ブログの方向性にもよるので、たぶん否定的なコメントが書き込まれる可能性は私のブログに比べて格段に小さいと思うが・・・こういうこと(ブログ)をやっていると、実にいろいろな人がいるということを知る機会があって面白い。どうやら私はいろいろな物事を「面白がる」人間なのかもしれない。不真面目だろうか。それなら不真面目万歳!!

 

*最近、気づくと記事がダブってアップされている。なんでだ!

*昨日、「深夜食堂」に出てきた「ソース焼きそば、目玉焼き乗せ」を作ってみた。

*ソースが少し足りなかったが、けっこう美味しかった。

*あの番組、何故か食欲をそそるんだなぁ。

 

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後白河院

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先月北海道に行った時のこと。準備万端整えたつもりだったが、1つ忘れ物があった。それは、本。飛行機の中は連れがいるので本がなくてもよい。列車に乗れば窓の外を見ているだけで面白いから本はいらない。が・・・本を読まないと寝つけないのだ。それをポカリと忘れていたのだった。

1日目の夜は仕方ないので新聞をじっくり読むことで我慢した。けっこうタイトなスケジュールだったこともあり、なんとか眠ることができた。が、2日目はそうはいかないと思い、旭川のジュンク堂に行き本を探した。コンパクトなサイズで、読みたいと思わせる内容で・・・と思いながら探したのだがなかなか見つからない。やっとのことで見つけたのが、「後白河上皇〜「絵巻物」の力で武士に勝った帝」だった。

もともと絵巻物が好きなことに加え、あの時代(平安〜鎌倉時代)に興味を持っているので予想外に面白く読み終えた。後白河院は源頼朝によって「日本一の大天狗」と言わしめた人物。「暗王」(無能な帝王)と言われる一方で、老獪でつかみ所のない政治家というイメージで伝えられることが多い。が、歴史というのはやはり勝者が作るものであるからにして、今までとは違う側面からの研究なりアプローチなりがあれば、それは無視できないだろう。

本の内容は読んでいただければいいので書かないが、私が面白いと思ったのは「天皇」「上皇」「法皇」として君臨した人物が、一方で非人たち(この時代は芸能に携わる人や一部の僧侶も含まれていた)と密接な関係を持ち続けていたことだ。それにより、内裏の中にいるだけでは決してわからない世間の空気、時代の風を敏感に感じ取り、身を処すことができたといえそうだ。

ただし、後白河は身を処すため、政治的な立場を揺るぎないものにするためだけのために非人たちと接触したのではないだろう。貴族であろうとなかろうと、人間の中にある様々な情念のようなものにかなり関心があったのではないかと思われる。 また、熊野への参詣を度々行いながら、一方で「地獄草紙」をはじめとする六道絵を作らせているところを見ると、人間の死や死後の世界に関しても異様なほどの関心を寄せていたのではないかという気がする。

個人的には、「伴大納言絵巻」「信貴山縁起絵巻」「年中行事絵巻」など優れた絵巻物を数多く作らせたことに好感を持っている。どれも本物は見ていないが、「伴大納言絵巻」の謎に迫る「謎解き伴大納言絵巻」(黒田日出男著)を以前興味深く読んだ。今回また再読してしまったほど面白い本なのだ。

また、「梁塵秘抄」を編纂した功績も大きいと思っている。「遊びをせんとや生まれけむ」で有名な、今様(当時の民謡、歌謡)の集大成だが、口から口へと伝えられてきた民衆の心を知る上で非常に貴重な存在だと考えられ、いつかじっくり読んでみたいと思う書のひとつだ。

政治家としての後白河院は、「老獪」「しぶとい」というよりも「とらえどころのない」人だという印象を持つ。鳥羽上皇の第四皇子として生まれ、天皇になるつもりもなかったのになってしまい、貴族の派閥争いに巻き込まれて担ぎ上げられ(保元の乱)、源氏と平氏を操りながら院政を敷き、平氏の台頭に危機感を覚えて清盛討伐をたくらむも失敗し(鹿ケ谷事件)、清盛が死ぬと源氏に平氏討伐の詔を与え・・・刻々と変わる権力争いの中、鮮やかに軽率ともいえるほどたやすく前言を撤回し、頼朝の力を認めながらも最後まで「征夷大将軍」の称号を与えなかった。

無能なのか度肝を抜くほど有能なのか、ちゃらんぽらんなのかそれとも誰にも理解できない程深慮できたのか、飽きっぽいのか冷酷なのか・・・近臣たちでさえ理解に苦しむほど、とらえどころのない人。その謎めいた性格は大きな魅力といっていいと私には思える。

この本を読み終え、「後白河法皇」(棚橋光男著)と「後白河院」(井上靖著)を読んだ。前者は研究所のような感じで少しとっつきにくかった。後者は立場が異なる4人の人間(平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実)に後白河院について語らせるという手法をとっており、理解しにくいこの帝王の個性を表現しようとしたもの。読み物としては後者の方が読みやすいが、今まで持っていた印象とさして変わらず、新しい発見のようなものはほとんどなかった。

この3冊で後白河関連の読書はとりあえずストップさせているが、来年は後白河院が作った絵巻物についてもっと知りたいと思っている。わくわくわく!

*風呂場とトイレの掃除終了。ベランダは来春暖かくなってからにする!

| - | 15:59 | comments(0) | - |
ブログの終い時

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今年も今日を入れて残すところあと4日。一年の総括は大晦日にするとして、なにはともあれこうしてブログを続けてこられたことをひとまず良しとしたい。このブログも来年3月で10周年となる(パチパチパチ!)。このところ身体のあちこちにガタがくるようになったが、(ほぼ)毎日ブログの記事を書いてアップできる程度には健康だったということ。それを素直に喜びたいと思う。

10年間の月日の中で、互いのブログを通じて知り合った人も何人かいた。時々コメントを書いたり、実際に会って話をしたり、淡いお付合いながら楽しい時間を過ごさせてもらった。そのうち何人が今でもブログを続けているだろう・・・数えるほどしかいないのが少し淋しい。

ブログをはじめる理由は人それぞれだろう。誰かのブログに出入りしているうちに自分でも何か表現したくなったとか、ひとつのテーマについていろいろ書いてみたくなったとか、写真を多くの人に見てもらいたいとか・・・しかし、数年経つと楽しみのためにやりはじめたブログが負担になってくる人もいるようだ。そうなると義務感ばかりを感じるようになり、あれこれ考えて更新をしなくなったり、ブログを削除したりする。その人が好きではじめたブログなので、どうしようとその人の勝手なので何も言うつもりもないが、数ヶ月にしろ数年にしろ続けてきた日々の総括くらいは載せておいてもいいような気がしないでもない。読者がいたのだから。

時々、よくあれだけ長い文章を毎日更新できますね、と言われる。確かに長い・・・(^^;)。もう少し短めにしたいと以前から思っているのだが、なかなかうまくいかない。それはさておき、長い文章を毎日綴るために長い時間をかけているかというと、そのようなことはほとんどない。記事の内容によっては裏付けが必要なものもあり、その裏付けとなる情報を確認するのに時間がかかることはあるが、書くこと自体にさほど時間をかけているわけではないというのが実際のところだ。

もちろん、時間をかけずに書くことができるひとつの要素に、私が長年文章を書く仕事をしてきたということと無関係ではない。言葉をある程度知っているし、キーボードもほぼブラインドタッチで使う(見直さないので時々誤変換が・・・(^^;))。文章を書き慣れない人が「書く」という行為に向かう時の気持ちや自分の文章が読まれることに対する緊張感は、ある程度想像できても実感するところまではできない。

しかし、ひとつ言えることは、書こうと思った時はじめて書く内容を考えているとすると、もっと時間はかかる。私の場合、書き始める前に書く内容がほぼ決まっており、おおざっぱではあるが文章も頭の中ででき上がっているので、キーボードをたたくのはほぼ「作業」にすぎない。だから、15分とか20分で書き上げることができるのだ。

文章の組立や言葉選びは確かに面倒なものかもしれないし、文章を書くこととは遠い人生を歩んできた場合難しさを感じるのも当然だと思う。が、頭の中で考えることは誰にでも、またいつでもできることだ。頭で考えている事→文章化の流れにどのように乗るか・・・その辺りがミソ?私はよく買物に行くため自転車に乗っている時や歩いている時に文章が頭に浮かんでくる。身体を動かしている時の方が脳も活発に動くようだ。

文章関係以外では、ブログのネタ?探しに困っているという話も時々目にする。が、私はそんな時こう思う。ネタなんで考え方次第でどこにでもあるじゃん!と。たぶん世の中や自分が見聞きしていることに対するアンテナの感度をあげれば、今まで見えてこなかったものが見えてきて、ネタになりそうなテーマも見つかるはずだと思う。

まあ、私はもともと集中力のなさについては自信がある人間で、その分いつもキョロキョロと辺りを観察する癖があるのでネタには困らないのかもしれない。電車に乗っていても、街を歩いていても、喫茶店に入っていても気づくと辺りを観察している。ああ、この人すごく高価なバッグを持っているのに靴の手入れがなおざりだなぁ、顔はバッチリメイクしているのに足のお手入れがダメダメだなぁ、正面から見るとカッコいい店なのに裏側に回るとだらしないなぁ、無愛想な店だけど猫の餌を入れる皿が店先にあるから心優しい店主なのかもしれないなぁ、放置されている看板、いい味出してるなぁ、こんな街中の道路脇で花を咲かせているなんて健気だなぁ・・・などなど。それらのひとつひとつがネタになるというわけだ。

たぶん、私がブログをやめる時は、先に書いたように文章が頭に浮かんでこなくなったり、観察する癖が薄れてきたことを自覚した時だと思う。今まで続けてこられたのは、義務感がほとんどなかったから、つまり楽しんでいるからなのだ。楽しくないことは続けたくないではないか。いつ楽しくなくなるか・・・それは私にもわからない。あと数年は大丈夫な気がするが、人間いつ何があるかわからない。せいぜい、身体の声に耳を澄ませ、できるだけ動く(運動をする、ということではなく)ことを意識的にやっていきたい。

2007年に亡くなったT3のブログがまだ残っていて悲しい。悲しいのに時々見に行ってしまう。T3の性格からして、ブログをやめるのならきちんと挨拶したはずだ。が、それさえできぬほど病の進行が早かったのだと思う。「文章を書くことしか能がないと嘆くなんて傲慢だよ。喜ばなくちゃいけないことだよ」と言ってくれたT3。心の奥にずっと残っている彼の言葉に従い、書けるうちは書く。ただそれだけだ。

| - | 09:14 | comments(4) | - |
日本映画の現状

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劇場に足を運ぶのはほとんどが外国映画。そんな私なので大きなことは言えないと思いつつ、日本映画の現状について書かれた記事を読んだ。

このところ、「君の名は。」「この世界の片隅に」がヒットし日本映画界にも明るい陽射しが差してきたような感がある。が、記事によれば、俳優の津川雅彦氏が「日本映画がすばらしいのは、安く作ってもいい作品ができることだ」としながら、それに続けて「配給会社は利益を吸い取る。制作側がもうかるわけがない」と日本映画界の内実を明らかにした。

なんでも、作品によって異なるものの日本では今日高収入の5〜6割を映画館が持っていき、宣伝にに数億円かけて残りの3割程度が配給会社に入り、さらに残った文を制作委員会が分け合い、実際映画に携わった制作スタッフの手元にはどんなにヒットしても最初に決めたギャラ以外は入らないことが多いらしい。

映画は娯楽であり商売でもあるわけなので、「儲けがでること」はよいことだ。が、その配分の仕方を知ると、制作者側が理不尽なほど下に扱われていると思わざるをえない。

是枝裕和監督によれば、ヨーロッパでは監督が映画の著作権者になることが多く、権利配分が回ってくるという。ヒットすればするだけ監督(制作サイドのスタッフも含まれると思われる)にも配分が回ってくるということになっているとのこと。著作権者になっているということは、作り手のソフトウエアやノウハウを重要視し、対価をきちんと支払うのが当然という意識があるからだろう。

それに比べて、日本にはアイデアやソフトウエアに対するリスペクトがなく、従って対価を支払うという意識もない、と是枝氏は言っている。これを読んで、私はさもありなん、と妙に納得してしまった。私も仕事を通じてイヤというほど感じてきたことだから。

ブラック企業大賞をめでたく受賞した某社のような大手はどうだか知らないが、私の経験の範囲では広告の世界においても「企画」に対する代価を支払うという発想はほとんどなかった。「企画料」という名目で請求できたとしても、その金額は納得できるものではなかったし、限られた予算の中で「企画料」という名目を設けることができないことも多々あった。制作側に回ってくる金のほとんどがデザイン料、ということも少なくなかったと記憶する。

デザインは目に見える。誰の目にも見えるから、値段を付けやすい。が、企画は「企画書」という形はあるにしても、構想は目に見えない。目に見えないからその価値がわからない(わかろうという意識がない、という方が正確か)。映画業界も同じようなものなんだな、と思うと監督の苦労がなんとなくわかるような気がする。どんな原作を選び、どんな脚本にし、どんな俳優を使い、どんな演技をさせるのか。それらは監督の頭の中にあるだけで目には見えない。しかし、それらが最も重要な要素なのだ。それなのに・・・

記事では「この世界の片隅に」が日の目を見るまでのいきさつも紹介している。「前作(片渕須直監督の「マイマイ新子」)の初動数字が良くない」ということで金が集まらず、クラウドファンディングでパイロットフィルム用の資金を募集。目標は3週間で2000万円だったが、最終的に4000万円弱が集まった。支援金で5分ほどのパイロットフィルムを作ると制作委員会への参加を希望する企業が少しずつ集まり、結果的に14社からのオファーがあったという。

クラウフォファンディングという手法はこれからもっと活用されてしかるべきだと常々思っている。私自身何度か出資しており、自分が価値を認めたものを応援し、実現させることは楽しいことでもある。映画の場合だけではないが、大金持ちがぽーんと数億円出資するより価値を認めた多くの人々によって金が集められた方が、作り手だって励まされ意欲的になるのではないだろうか。

今年はあまり映画を見に行かなかった。ここ数年贔屓にしている黄金町の「シネマ・ジャック&ベティ」は前身である「横浜名画座」の歴史を含めると今年60周年になるという。大手シネコンが上映しないような映画、作り手のこだわりが感じられる映画、作家性のある映画を多く上映しており、今後もできるだけ利用したいと思っている。「この世界の片隅に」も現在上映されており、年をまたいで来月13日までやっているらしい。正月時間があったら見に行こうかな。

| - | 11:04 | comments(2) | - |
「深夜食堂」

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前々から少し気になっていた「深夜食堂」をAmazonプライムで見ている。「孤独のグルメ」同様原作はマンガのようだ。最近おもしろいと思える番組は原作がマンガである場合が多いような気がする。テレビドラマも様変わりしたということか。

ご存知の方も多いと思うが、「深夜食堂」は名前も経歴もわからない“マスター”が午前0時から7時ごろまで(この“ごろ”というのがこの店の性格を現していると思う)営業している「めしや」。「深夜食堂」というのは誰ともなく言い出したニックネームのようなものであるらしい。メニューは「豚汁定食」「ビール」「酒(2合)」「焼酎」だけで酒は1人3本まで。メニュー以外でも客からリクエストがあり、作ることができれば何でも作る。

“マスター”を演じるのは名優・小林薫。左目に傷を持つ、どこか謎めいた人ではあるが個性的な常連たちから信頼されるだけの魅力がある。無口で、客の注文に対していつも「はいよ!」と答えて奥の厨房へ入っていく。客は客でそれぞれ好き勝手におしゃべりしているのだが、彼らにもそれぞれ人生の機微があり、揉めたり共に喜んだり泣いたり・・・実に人間的である。

毎回ひとつのメニューを巡る物語が展開されるのだが、メニューとはいえないほどごく普通のものあり、商品ではないだろう!と思えるものあり、なのだがどれも美味しそうで食べたくなってくる。バターライスはバターを入れて炊き込んだものではなく、白飯にバターを載せたもの。それに醤油を“ちょっとだけ”たらす。ポテトサラダもごくごくシンプルなものなのだが、なつかしい味がしそうだ。「猫まんま」は削ったばかりのかつお節を白飯の上に載せただけのものだが、削りたての香りがしてきそうで思わず「来年はかつお節削りと本節を買おう!」と思ってしまった。どれも気取らぬ庶民の味だが、凝りに凝った料理にはない魅力がある。

ドラマの冒頭いつも流れる新宿の夜の風景がまたいい。車から撮った映像で、大ガードに向かう車がガードをくぐりぬけて歌舞伎町方面へ向かう。流れゆく町の風景は私にとってどこかなつかしいものなのだ。

だいぶ前になるが、新宿の会社に5年間勤めていた。調度バブルの頃で、新人歓迎会、送別会、何かの打ち上げ、忘年会、新年会、と夜の新宿で飲むことが多かった。一次会では物足りず、二次会、三次会、あれ電車がなくなっちゃった・・・仕方ないから深夜営業の店で始発を待とう・・・なんてことも何度かあったっけ。その当時のことを思い出させる映像から目が放せない。

あの頃一緒に飲んだ人たちは今どうしているだろう。会員制のクラブに連れていってくれた専務はお元気だろうか。ホステスさんたちに囲まれて思いきりカッコつけていた部長は、3人だけ残った三次会でウォッカを1瓶開けたメンバーたちは、私を背負って歌舞伎町を走った年下の彼は・・・みんな元気だろうか。

もうこの世にいない人もいる。私が知っているだけで数人はいる。10年一昔というから20年以上前は大昔になってしまうのか。

そんなことを思いながら、映像とぴったり合っているように思えるテーマ曲を調べてみた。鈴木常吉という人が歌う「思ひで」という曲だった。なんとも私の連想にぴったりなこと。

| - | 14:43 | comments(0) | - |
リニアに大反対!

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今までほとんど話題にしてこなかったが、現在最も懸念されることのひとつにリニア新幹線がある。以前も「そんなに急いでどこへ行く」云々書いたと思うが、リニア新幹線はそれ以前に大きな問題をいくつもはらんでいるからだ。

リニア新幹線は、モーターをマイナス269度まで冷却し電流を流して超電導状態にし、側壁の磁石との間に強力な磁力を発生させ、車体を地表から10センチ浮上させて走行するという。これだけ聞くと画期的なテクノロジーを活用した未来の乗り物、というイメージしか持たぬかもしれない。が、その技術を現実化する時、様々な弊害が出てくるだろうことは少し調べれば用意にわかることなのだ。

私が最も懸念するのは、河川への影響だ。すでに、山梨実験線の工事において地下水脈が枯渇し水源がなくなるという異変が起きているという。リニア新幹線は、南アルプスを横断する予定だが、そうすると富士川、大井川、天竜川という3本の河川の下をトンネルが通ることになる。水脈に全く当らず工事が進めばいいのではないかと思うかもしれないが、それは考えているほど簡単なことではないような気がする。地下になにか人工的なものを作るということ自体、ある意味で自然を破壊することだ。そして自然は人間が思っているよりずっと繊細であり、複雑であり、一旦なにかが起きれば取り返しのない事になりかねない。

次に心配なのは電磁波。リニア新幹線の座席位置で1万ミリガウスの電磁波を浴びることは、すでに国土交通省が公式に認めているらしい。人体に影響がない程度の電磁波は電化製品で1ミリガウスだという。携帯電話の電磁波は以前から問題視されており、各メーカーも説明書に注意書きを掲載している(細かい文字なので私は読んでいない。大切なことは往々にしてこのように見過ごされる)。

また、リニアを走行させる時に必要な電力はピーク時で新幹線の40倍と言われている。2011年の原発事故以来、「節電」に努めてきた人たちも多いと思うし、それは地球規模で考えてもよいことだと思う。その点でもリニアは時代に逆行していると言わざるを得ないのではないか。あの事故から得た教訓は一体どこへ行ったのだ?またぞろなし崩し的に原発が再稼働されようとしているのも多いに心配だが、リニア新幹線と原発には共通した利権があるのだろう。それに群がりたい人たちはリニアを強力に推し進めようとしているに違いない。

私を含めて、リニアについてほとんど知らない人たちは、「驚異的な速さ」のみに注目しがちだ。東海道新幹線の「のぞみ」を使うと品川ー名古屋間は最速で約90分だという。リニア新幹線を使えばノンストップで約40分。半分以下になり、数字だけ見れば確かに速い。

しかし、たとえば品川駅の場合、リニアのホームがとても離れているため他の路線から乗り換えようとすると、乗り換えだけで約20分かかる、との話もある。乗り換え時間を考慮すると、「驚異的に速い」とは言えないように思う。

建設費用もまあどれくらいになるものなのか。当初5兆円だった予算はすでに10兆円になっているというが、オリンピックや豊洲のことを考えればリニアもどんどん費用が嵩むことは容易に想像できる。借金まみれなのに、一体その費用はどこから出そうというのか。もちろん・・・

狭い日本、そんなに急いでどこへ・・・とまた言いかけて、「破滅へ」という言葉が浮かんだ。私が生きているうちは「破滅」を見ることにはならないかもしれない。が、「破滅」へと向かいつつある自国を見ながら生きるというのもイヤなものだ。いっそのこと、また大きな地震が起きてその復興で精いっぱいになり、リニア等々の計画がオジャンになった方がいいのではないか、などという妄想さえ浮かんでくる。いや、大地震はもちろんあって欲しくはないけれど。

年末、そして今日はクリスマスだが明るいことなど書く気持ちになれない。新潟の火事の被害を思えば、雪国の寒空の下で焼け出された人たちの悲嘆と苦労はいかばかりかと思う。例年とおり、クリスチャンではないわが家はいつもと変わらぬ生活だ。季節感のある暮らしは好きだが、クリスマスは私の中では季節感を楽しむ行事に入らない。今年も残すところわずか。少し丁寧に掃除して、黒豆煮て、雑煮の材料程度を買って、蕎麦食べて、近所の寺から聞える鐘の音を途中まで聞いて、あとはさっさと寝る!ということになるだろう。

*除夜の鐘の音がうるさい、という苦情を言う人たちがいるんだって!?

*なんだかなぁ。情けないなぁ。

*昔、風鈴の音がうるさいと言われ(メモがポストに)はずしたっけな。

| - | 13:52 | comments(4) | - |
がんばれ、青森!

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昨日か一昨日の新聞に、青森県が関西からの観光客をターゲットにした動画を公開した、という記事が掲載されていた。青森を訪れる観光客の約7割が関東、東北、北海道からで関西圏からは7%前後ととても少ないらしい。そこで、青森の難解な方言を逆手にとり、ラップに仕立てた動画を配信することになったらしい。

どんな動画なのだろう・・・興味津々で見てみたら、これがなかなかおもしろい。配信から3日後には視聴数10万回を超えたというのもうなずける。

題して「ディス(り)カバリー青森」。「ディスる」という言葉は割と最近耳にするが、使っているのは主に若い人たちだろう。「軽蔑する、侮辱する」といった意味らしいが、私にはとんとなじみがない。この動画ではまず関西人の男性が「青森にはリンゴとねぶたしかない」とバカにする。すると青森のおばちゃんが、そんなことないぞと方言で応酬する。関西人vs青森のひとたちのバトルがラップで展開されるのだが、この方言がなかなか味わい深くていいのだ。

中学生のころ、友だちが福島にいるおばあちゃんと電話で話をしたら、何を言っているのか全然わからなかったと言っていたのを思い出した。「東北弁」とひとくくりにされてしまうが、本当はそれぞれの地域で大きな違いがありそうだ。

調べていると、津軽弁と南部弁がかなり違うことを取り上げた番組の動画を発見。津軽と南部は、江戸時代に南部氏(岩手県中部、青森圏全域を所領していた豪族)に大浦為信という人が反旗を翻し独立したことをきっかけに反目し合うようになった。明治維新後もなにかと揉めることが多く、互いに抱えている確執は相当強かったのではないかと思われる。今でこそ表面的には忘れられているような気もするが、奥羽山脈に隔てられた人たちの使う言葉はかなり違う。同じ県民なのに言葉が通じないというのは滅多にないのでは?

私自身、「あの人は青森の人だから」という言葉を南部地域の人から聞いたことがある。「青森の人」とは「津軽の人」ということで、自分たちとは違う、という意味が込められていた。今でもまだあの確執は根深いところに残っているのだ、と思ったものだ。また昔から津軽地方の方が南部地方より経済的に豊かであり、それが南部地方に住む人たちの心に翳りをもたらしているのではないか、などと思ったりもした。

それはそれとして、青森にはもっともっとがんばってもらい、多くの観光客が訪れるようになって欲しいと願う。私は主に南部地方しか行っていないのだが、いつか弘前方面にも行きたいし、下北半島にも行ってみたいと思っている。

十和田湖周辺はとても美しい。しかし、観光客は減りつづけているようで、遊覧船事業から撤退した会社もあると聞く。奥入瀬渓谷から十和田湖への道のりも見ごたえ十分。新緑の季節もいいし紅葉もまたしっとりしていていい。冬になると毎年「十和田湖冬物語」というイベントが開催されており、こちらは行ったことがないのでいつか行ってみたい。

そういえば、母方の祖母は青森は大鰐の豆腐屋の娘だったらしい。父方の祖先も言葉に残る訛りから青森から北海道に渡ったのではないかと勝手に推測している。もしそうだったら、私には青森の血が濃く流れていることになる。なにかにつけて、北へ北へと行きたがるのはそのせいか。

摩周湖の霧は有名らしいが、霧がかかった十和田湖も負けず劣らず神秘的で美しい。目を閉じて思い出すだけで行きたくなる。なつかしささえ感じるのは何故だろう。

| - | 08:16 | comments(0) | - |
敬語はほどほどに。

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誰とは言わないが、以前から過剰な敬語に???な感覚を抱いている。書き言葉は話し言葉よりも言葉遣いに気を使う余裕があるが、だからといってこりゃやり過ぎなんじゃない?・・・相手から好印象を持ってもらいたいという気持ちは判らぬでもないが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言うではないか。かえって妙な印象を与えてしまいかねない。

「敬語がきちんと使えてこそ大人」だという意見を何度か目にしたことがある。私もそう思うが、大切なのは「きちんと」の部分だ。明らかにおかしな敬語は問題外だが、敬語はなかなか手強いところもあって日ごろの心構えがものを言う。敬語を特別なものだと考え、使う時がきたら使えばいい程度に考えていると妙なことになりかねない。ごく自然に「きちんと」敬語が使えるようになるには、場数を踏みながら「身に付ける」必要があると思う。

ごく最近、こんな記事を見かけた。私が思っていたことと共通する部分が多く、「そうだ、そうだ!」と心の中で(やや強めに)呟いた(^^;)。たとえばバカ丁寧はおかしいという例。

 

「こちらに通わせて頂きまして、皆さまと仲良くさせて頂いておりますが、いろいろとアドバイスを伺わせて頂いたり、お食事などもご一緒させて頂いたり、毎回本当に楽しく来させて頂いております」

 

いやぁ、これはちょっと丁寧の前に「バカ」が付くでしょう。聞いている方が「あんた、ちょっとバカにしているんじゃないの?」と思っても不思議ではない。時には、「この人、丁寧な言葉を使えば使うほど喜ばれると勘違いしているんじゃない?」と思われるかも。謙譲語を過度に使うと、自らをおとしめることにもなりかねないのだ。記事の執筆者によるアドバイスとして以下のような言い換えが紹介されている。

 

「こちらに通うようになり、皆さまと仲良くさせて頂いておりますが、いろいろとアドバイスを頂きましたり、お食事などもご一緒する機会もあり、毎回本当に楽しく伺っております」

 

これが正解といういものはないと思うが、まあ、妥当な線だろうか。また、同じ記事で丁寧語として言葉の前に付けられる「お」について書かれていて、これもほぼ同感だ。前にも書いたことがあるような気がするが、「お」を付ければ「上品」になると勘違いしている人はけっこう多いと思う。

「おビール」など外来語に「お」を付けるのは妙な感じだし、個人的には「お紅茶」もちょっといただけない。私は基本的に食品に「お」は付けないから(例外はある。おみおつけとか。でもいつもは「みそ汁」だなぁ)、「お野菜」「お魚」「お肉」とは言わない。ひねくれ者なので、「お大根」というのに「お人参」といわないのは何故?、とか「お刺し身」と言うのに、「お焼き魚」とは言わないじゃないか、とか悪態をつきたくなってくる。

また、例えば自分の家を「おうち」と言ったり、着ているものを「お洋服」と言ったりしているのに接すると・・・若い女性ならまだしもそれがいいオバサンだったりすると・・・「けっ!」と心の中で軽く軽蔑する。なんとも心が狭い話ではあるが、生理的な拒否感があるので致し方ない。

もちろん、稀にではあるが「お」付き言葉を多用してもほとんど嫌悪感を感じない人もいる。どんな人なのか・・・つらつら考えるにたぶんその人自身が品格を感じさせる人だからなのではないか、という気がする。生まれや育った環境や血筋や何やかやで形勢された人となりがものを言うのだと改めて思ったりもする。

これも前に書いたことがあったかもしれないが、私の母は若いころから敬語を「きちんと」使える人だ。末っ子で甘やかされていたとはいえ、明治生まれの祖父はしつけが厳しかったというから、子どものころから「きちんと」した敬語使いをたたきこまれていたのではないかと推測する。それに加えて女学校を出てから大手企業の社長秘書を数年やっていたので、鍛えられたのだろう。人間的には依頼心が強くて自分のことでさえ家族に決めてもらいがちな母ではあるが、敬語に関しては尊敬に値すると思っている。

そんな母も、パート勤めをしはじめたころはその「敬語」が徒となり人間関係に悩んでいたようだ。小さな会社で社長、専務以外はほとんどパートのおばちゃんたち、という職場だったが、ほとんどが地方出身者でいわゆる「タメ口」で話すのが親しい印、みたいな雰囲気だったのではないかと思う。みんなと仲良くなりたくても、新人であることに加えてよく知らない人たちなので、母は自然と敬語を使って話す。すると、「よそよそしい」「気取っている」と思われたらしく、なかなか親しく接してもらえなかったという。

だからといって、使い慣れていない「タメ口」をいきなり使うのは案外難しい。性格にもよると思うが、ある程度時間をかけ、お互いにある程度知り合ってからでないと砕けたもの言いができない人もいるのだ。たぶん私もどちらかというとそういうタイプ。

「きちんと」「ほどほどに」使ってこそ敬語は生きる。しかし相手にも左右される。うーん、やはり難しい(^^;)

| - | 07:32 | comments(4) | - |
22日は猫に語らせる日・・・12月担当:まめこ

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おはよう。まめこなの。ことしも、もうすぐおわるの。ことしは、まめこにとって「さいあく」のとしだったの。だって、まえのとしにあの「ふく」がきたとおもったら、ことしはあいつがうちにきたからなの。おかげでまめこは、「こうどうはんい」がとってもせまくなっちゃったの。あいつのかおをみたくないから、いつも、いすのうえの「ねこべっど」にこもっているです。うえから「もうふ」をかけてもらって、かくれているです。なんで、まめこがかくれなくちゃいけないの?あいつがいなくなればいいのに!

まめこ、このごろすみごんがすこししんじられなくなったです。だって・・・あいつのことかわいがるんだもん。あいつがまめこのことをおいかけても、あまりおこんないし。んで、あいつのことを「かっこいい」なんてほめるんだよ。あいつったら、ゴロゴロいってよろこんでいるの。にくたらしい!からだばっかりおおきくて、まだおこちゃまなのに。

でも、すみごんのかわりに、おっさんがまめこをまもってくれるの。あいつがまめこをおいかけると、あいつをおこるし、ごはんを「ねこべっど」までもってきてくれたりするし、このごろまめこはすみごんよりおっさんとのほうがなかがいいかもしれないの。でも、ときどきまめこのことを「めんどうくさいやつ」とか「おばか」とかゆっているの、まめこしっているんだから。まめこは、「めんどうくさいやつ」でも「おばか」でもなくて、ただじぶんのペースをくずさないだけなの!よばれてもいきたくないときはいかないの!

おっさんにはおせわになってるけど、きぶんに「むら」があるからときどきこまるです。みかんは、「あんた、おとこなんてみんなそんなものよ」なんてゆってた。ほんと?

みかんは、あいかわらず1しゅうかんにいちど、「ぺっとくりにっく」にいっているです。けはいがわかるので、へやのすみににげこんでいるけど、あっさりつかまっちゃうです。こないだ、まめこもつれていかれそうになったんだよ。でも、きょうれつにていこうしてにげてしまったです。まめこはぜったいに「ぺっとくりにっく」なんていきたくないもん。おうちからでたくないもん。すみごんは、「まーちゃんだって、おとしよりになってきたんだから、ぐあいがわるくなったらみてもらわないとだめだよ」ってゆうけど、まめこはいやなの!

ふくは、あいかわらず「まっしぐら」なの。このごろ、ケージのうえにのってそとをみはっているです。あいつ(だいすけ)とばしょのとりあいになることもあるけど、たいていはふくがかつです。せまいはこのなかにむりやりはいるから、はこがやぶれそうになっているです。あのね、ふくって、とってもおもたいんだよ。このごろは、みんなに「でぶ」ってよばれているです。でも、ふくはぜんぜんきにしていないの。すみごんは、「おおもの」だってゆってるけど、ただ「どんかん」なだけだとまめこはおもうです。

それと、ふくはさいきん、すみごんがじぶんのへやにいると、なんどもドアをあけるです。ごはんのさいそくをするときもあるけど、たいていは「ねこきんし」のへやにはいりたいだけだとまめこはおもっているです。でも、よくいってきかせると、あけるのをやめるんだって。すみごんは、「ふくはやっぱりかしこいね」ってほめるです。すみごん、わかいやつらにあますぎるとまめこはおもうの。じぶんだって「おとしより」のなかまいりしたんだから、もっとわがやの「じゅくじょ」にやさしくしたほうがいいとおもうです。

とりあえず、クリスマスにはまめこだけにおいしいものをくれるといいな。

らいげつは、「でぶ」のふくのばんです。しろくろなので、「パトカー」ってよばれることもあるです。あたまにあかいポンポンつけてみるといいとまめこはひそかにおもっているです。らいねんは、ことしよりあいつがよわっちくなりますように。まめこはいのっているです。おしまい。

| - | 06:01 | comments(4) | - |
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