一昨日の記事(ガラスのかけらとオルゴール)を書きながら、じみじみと考えたことがある。
人は、自分が傷ついたことはよく覚えているが、誰かを傷つけたことはともすると気付かずにさえいるということだ。
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青いガラスのかけらを指輪と交換してくれたユキコちゃんは、小学校入学以来ずっと仲良しだった。家も近く、学校が休みの日にもよく遊んだ。ユキコちゃんの家は木造アパートの1階にあり、弟が2人いた。一番末の弟はまだ乳児で、遊びに行くと部屋の中は妙な臭いがした。おむつの臭いだったのかもしれない。あまり日の当らない狭い部屋で陰気な感じがしたので私の家で遊ぶことが多かったと思う。
ユキコちゃんの母親は父母会に乳児を抱いて現れ、授業参観の途中で子どもが泣き始めるとその場で乳をやったりする人だった。愛想もよいとはいえず、他の親たちから浮いた存在だったと子どもながら感じていた。
そんなだったから、クラスメートの母親の中には自分の子どもにユキコちゃんと遊ぶな、と言う人もいた。当時はまだ珍しかったビニールプールを持っている友だちに遊びにこないかと誘われたのだが、ユキコちゃんはママが呼ぶなというからダメだという。ユキコちゃんがダメなら私も行かないと答えた。
ユキコちゃんは太っていた。「肥満児」という言葉が出てくる前のことで、太っているとかなり目立ったので、「デブ!」とからかわれたりしていた。ユキコちゃんはそれでも平気な顔をしていたが、内心はひどく傷ついていたに違いない。
ユキコちゃんは約束していなくてもよく私の家に来た。他に遊ぶ相手がいなかったのかもしれないが、私が持っている漫画雑誌が読みたかったからだと思う。ユキコちゃんは少女漫画がとても好きだったが、買ってもらえなかったのだ。遊びに来たというのに、出されたおやつを食べながらユキコちゃんは黙々と漫画を読んでいた。
ユキコちゃんの家より遠かったが、マサヒコくんともよく遊んだ。母親同士の仲がよかったからだと思う。3人で「お姫さまごっこ」を何度かしたのだが、お姫さま役はいつも私だった。浴衣を着る時に使うふわふわの色鮮やかな帯?をお姫さまの小道具として使うのだが、ユキコちゃんは持っていなかったし、マサヒコくんは私のお姫さま役をいつも支持してくれた。ユキコちゃんはマサヒコくんのことが好きだったように見えたが、文句も言わず一緒に仲良く遊んでいた。
しかし、5年生になったころ、クラブ活動を決める時になって私とユキコちゃんは決定的な仲違いをしてしまった。一緒に「手芸部」に入ろうねと約束していたのだが、いざとなったらユキコちゃんは別のクラブに入った。男の子ばかりの、理科の実験か何かをするクラブだったと思う。私は怒って絶交した。その日からユキコちゃんは遊びにこなくなった。
6年生になるころには怒りもほとんど観じなくなっていたが、まだ蟠りはあった。ある日ユキコちゃんが突然やってきて漫画を読ませてくれないかと言った。約束を守らなかったことについて謝りもしないことに腹が立ったのだろうか。私は「家の外でならいいよ」と言い、漫画雑誌を数冊持っていった。家の前のブロック塀にもたれながら、ユキコちゃんは黙々と漫画を読んでいた。私は自分の家に入って別のことをしていたのだが、夕方になってきたので外に出てみた。ユキコちゃんはちょうど読み終えるところで、「ありがとう」と言って帰っていった。そして二度と遊びにこなかった。
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かなり大人になってからユキコちゃんのことを思い出し、私は苦い気分になった。間違ったことはしていないが、もっとユキコちゃんの立場に立てなかったものなのか。貧乏で、太っていて、そのくせ頑固だったユキコちゃん。子どもながらいろいろなコンプレックスを持っていたに違いない。お姫さま役だってやりたかっただろう。マサヒコくんに好かれたかったであろう。女子生徒ばかりの「手芸部」ではなく男子ばかりのクラブに入ったのだって、男の子と仲良くなりたかったからに違いない。
私は約束を破ったと怒るばかりで、ユキコちゃんがずっと持ち続けてきた劣等感のようなものに気付くことができなかった。仲良くしていたつもりだったが、知らず知らずにうちにユキコちゃんを何度も傷つけていたに違いない。
まだ仲違いする前、ある雪の日にユキコちゃんはうちに泊まりにきた。早くこないかと何度も私は外に出て、積もった雪道の中に人影を探した。あんなに楽しみにしていたのに。あんなに好きだったのに。隣の市の中学校に行ったユキコちゃんが不良になったという噂を耳にした時、私は自分のせいかもしれないと思って落ち込んだ。すぐに忘れてしまったけれど、今でも実家の近くに行くとユキコちゃんを懐かしく思い出す。その懐かしさの中には、やはり苦さが混じっている。