昨日も書いたが、猛暑をものともせず(!)映画を観に出かけてきた。アメリカ人のリンダ・ホーグランド監督が撮ったドキュメンタリー「ひろしま〜遺されたものたち」だ。ドキュメンタリー映画は再上演されることもDVD化されることもあまり期待できないので、これは!と思ったものはできるだけ観に行くようにしている。昨日は当日になってこの映画の上映を知り急遽出かけた次第。なにせ最終日だったもので(^.^;)
映画は写真家・石内都が原爆資料館に寄贈された遺品を撮った作品展を取材したものである。ところはカナダのバンクーバー。ブリティッシュ・コロンビア大学人類学博物館で2011年10月14日から2012年2月12日まで開催されたとある。
石内都は好きな写真家のひとりで、このブログのサイドバーでも写真集を紹介している。モノクロームの写真が多いが、母親の遺品を撮った「Mother's」そして「ひろしま」はカラーである。好きな作家なので機会をとらえてできるだけ観てきたが、見逃しているものも多いに違いない。
「ひろしま」については2008年から2009年にかけて目黒区美術館で開催されていた「HIROSHIMA YOKOSUKA」で観ているが、その時は「Mother's」を含めて総覧的な展覧会だったのでもしかしたら観かたがアバウトだったかなと今になって思っている。
石内都は今でも年に少なくとも一度は広島を訪れているという。原爆資料館には今なお遺品が寄贈されつづけているからだ。それらを撮るために通いつづけている石内の撮影シーンから映画ははじまる。資料館の保管庫で眠っていた遺品たちが包装を解かれ広げられていく。
自然光のもとで撮ると決めていたようで、一般的な「ブツ撮り」に使うライティングは一切用意されていない。大きな窓のある部屋だが室内はやはり明るいとはいえない。その中
で石内は作品に近づき、ピントを合わせながら淡々と撮っていく。
シーンは変ってバンクーバー。人類博物館の大きなトーテムポールに驚きながら館内に入っていく写真家。館内にはカナダの先住民族たちが遺した数々の文化財(工芸品というよりやはり文化財)が並べられており、キューレーターが解説していく・・・
映画は、写真展会場を訪れた様々な人々の様子や声を次々と追いながら、それぞれの心の中になるものに焦点を合わせていく。遺品の持ち主だった人に思いを馳せる人、幽霊に囲まれているようだと言う人、広島で出会った日本人妻を偲ぶ元兵士、子ども用の和服の写真を見て苦い過去を連想する韓国の人。原爆被害者たちの遺品は過去のものでありながら、現在のものでもあるという共通意識がそこに生まれているように感じられた。
監督のリンダ・ホーグランドはアメリカ人宣教師の娘として京都で生まれ、小学校・中学校時代を山口や愛媛で過した。現在の東京の話ではない。白人で金髪の少女はさぞかし目立ったことだろう。好奇の目にさらされ、授業で原爆の話が出た時、アメリカ人であることの責任を一斉に問われたような気がしたという経験を持つ。日本語が堪能なので日本映画の字幕翻訳家でもあるそうだが、2010年に長編ドキュメンタリー「ANPO」で監督デビュー。本作は2作目となる。
リンダと親しい作家の桐野夏生によると「日本人顔負けの豊富な語彙を持ち、電光石火で的確な日本語を繰り出してくる。しかも、瞬時に相手を品定めする冷酷さも、必要としない人間を切る度胸も併せ持つ。その峻烈さは、並外れた頭脳のせいだ。そして、おそらくは、日本に生まれ育ったせいでもある」と評している。また、「石内都の凄みは、情緒的な写真を撮らないところにある。悲しい時は、むしろ喪失のまっただ中に立ち向かっていく雄々しさ」ち書いている(映画パンフレットより)。
石内については私も同感でそのようなところが好きなわけだが、桐野の人物評を読む限り、リンダと石内は相性がとてもよさそうに思えてくる。もちろんプロの仕事人としての相性だが。
映画を見終って思うことは、過去にあった重大な出来事というのは「過去」のものであると同時に「現在」のものでもあるということだ。「過去」のものだと決めつけ、今の自分とは関係がないものだと割り切ってしまうのは間違っていると思う。遺されたものたちから静かに発せられる声に、私たちは真摯に耳を傾けなくてはならないと思う。
また、映画の中でも触れられていたが、保存庫から出された遺品たちが思わず深呼吸しているような錯覚を覚えた。自然光の中でのびのびとしているように見えたのが不思議である。戦時中はオシャレなどもってのほかだったのだが、女性たちは地味な着物やもんぺの下にジョーゼットのワンピースや可愛いらしい水玉模様のブラウスをそっと着ていたという事実。それらの質感やデザインの良さには驚くべきものがあるし、ひそかに身に付けていた女性たちの気持ちを愛おしいと思う。きっと、石内都に写真を撮ってもらって、持ち主たちは喜んでいるに違いない・・・そう思えるのである。
●「ひろしま〜遺されたものたち」公式サイト→http://www.thingsleftbehind.jp/
●この人に聞きたい「石内都」(2008年)は、こちら。