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日々の内側
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「かわいい」は、手強い。
130-0228

なにを見ても「きゃー!かわいい!」という若い女性の感覚に眉を顰めて久しい。「かわいい」以外の語彙を持たぬのかとうんざりする。10人中8〜9人が「かわいい」という形容詞を思いうかべるような対象ならいざ知らず、好みのものならすべて「かわいい」で済ませているのではないかとさえ思われていささか不愉快に感じている。


ところが、そう思っている自分が時々思わぬところで「かわいい」という言葉を使っている

ことに気づいてなんとも情けない。手軽に使えるからなのか、それとも「かわいい」以外の

言葉が浮かばないほど脳みそが退化してしまったのか・・・あれこれ考えながら、「かわいい」という言葉は思った以上に手強いと痛感した。


今や「かわいい」は「KAWAII」。世界共通の言葉になりつつあるという話もどこかで聞いた。「おしゃれだ」「センスがいい」「カッコいい」「イケてる」などなどがすべて「かわいい」に含まれ、「キモかわいい」「ブサかわいい」「ダサかわいい」と裾野を無限に広げている。


意識してできるだけ「かわいい」を使わないようにしようという私の決意も、いともたやすく砕かれてしまいそうだ。どうしましょ。


写真は私が「かわいい」と言ってしまったコブシメくん。甲イカの中では最大級のサイズで、大きいものは50センチを超えるという。鳥羽水族館のコブシメはけっこう立派なサイズで、胴体の周辺についたヒレのようなものを細かく動かしながら水槽を泳いでいる。半分寝ているような目がいい。少し目を開くと凶悪そうな顔になるところもいい。でも、よく見ると口がけっこう大きくてちょっと怖い(^.^;)

| - | 11:21 | comments(0) | - |
きれいな色
13-0227

好きな色、苦手な色・・・いろいろあるが、どちらも気分次第。地味な落ち着いた色ばかり

見ていると鮮やかな色が目につくようになるし、カラフルな色ばかり見ているとシックな

色が気になりはじめる。


今思うのは、若いころに比べて受け入れられる色が格段に増えたこと。好きな色は基本的に

同じだが、それ以外の色も気づけば身の回りにたくさんある。ただ、部屋の中だけは、

できるだけ色を抑え目にしている(つもり)だが。


手編みの小物類をそっと販売しているが、選ぶ糸も色も気分次第。気分が乗らないと編む

気持ちになれないので、はっと気持ちを引く素材に出会った時はできるだけ入手するよう

にしている。


私が作ったものを買ってくださる方々は、十分大人の女性たちだと思っているが、私が

気に入って使った「きれいな色」に対する反応がすこぶるよくていつも嬉しいと思って

いる。


ショッキングピンクを使うことが多いが、その色そのものを気に入っていただけるようで

選んだ甲斐、作った甲斐があるというものだ。お孫さんがいらっしゃるような年代の方々

にも好評で、大人の女性にこそ「きれいな色」を、という私の意図に共感していただけ

ているような気がしている。


一口に「ショッキングピンク」「オレンジ」「ライムグリーン」といっても発色がいい糸

でないとかえって野暮ったくなる。残念ながら、私の基準を充たす「きれいな色」の糸は

外国製が多い。「きれいな色」だけでなく、ダークな色でもどことなくニュアンスがある

のは外国製。とくにイギリスとイタリアの糸が好きだ。


天の邪鬼なので、春から夏にかけてはダークな色を着ることが多いが、昨年あたりから

少し気分を変えようと黄色なんぞも少し着たりしている。さて、今年はどうしようかな?

写真はバッグと同じ糸で編んだきんちゃく型ポーチ。微かに青みがかったきれいなピンク

色で、ドライな質感がいいイギリスの糸で編んでいる。

| - | 23:18 | comments(0) | - |
パリ、テキサス
13-0225

昨日に続いて映画の話。これも以前観たことがあるのだが、あまり印象に残っていない・・・というか、もしかしたら途中で観るのをやめてしまったのかもしれない。若いころ、いわゆる「ロードムービー」というヤツがどこか苦手だったので、退屈してしまったのかもしれない。


苦手だった「ロードムービー」だが、さすがに気が長くなったのか苦手でなくなってきた。

映画の観かたも年を重ねるごとに変ってくるのだろう。一度観たものをもう一度試して

みると思わぬ発見や感動がある。


ご存知の方も多いと思うが、タイトルの「パリ、テキサス」はフランスのパリとアメリカの

テキサスのことではなく、テキサス州にある「パリ」という名前の地域のこと。主人公トラビスが若いころ通販で(!)買った土地があるところだ。


トラビスはその土地の古びた写真を1枚持っている。もう一枚、かつて幸せだったころの自分と妻、幼い息子の写真も持っている。そして4年という年月行方不明になっていた。なぜ彼は突然家を出て行方知れずになってしまったのか。


記憶が曖昧になるほど疲れ果てて倒れた彼を弟が迎えにきて、ロスの家に連れて帰る。そこには一人残されたトラビスの息子ハンターがいる。妻であったジェニーも行方不明で、弟夫婦の子として育てられていた。


「ロードムービー」は、主人公がある場所から別の場所へ、そしてまた次の場所へと移動していく過程を描くという手法の映画で、この映画では、トラビスが弟とともにロスへ向かう行程と、その後息子を連れて妻のジェニーを探しにいく行程の2つがそれに当たる。


手がかりとなる銀行口座を便りに2人はヒューストンに向かい、トラビスはついにジェニーを探し当てる。しかし、彼がそこで発見したものとは・・・


トラビスの常に悲しそうな表情がいい。何かを思い詰めたような、何かを探しているような。ライ・クーダーによりギターがこの映画の雰囲気にぴったりで、人の心の奥底がいかに深く、その深淵をのぞいてしまった者がいかに孤独であるかを感じさせてくれる。


この映画を再度観ようと思ったのは、昨日の場合とは違ってはっきりしたきっかけがある。

少し前に書いた「冷血」(高村薫)の中で、強盗殺人を犯した犯人の一人がこの映画の

話をするのだ。その話がやけに印象に残っていて、これは観なくては!と思った次第。

| - | 22:27 | comments(0) | - |
男と女
13-0224

私にはけっこうあることなのだが、何の脈絡もなく「あの映画が観たい!」と思うことがある。今は便利なもので、レンタルで出ていれば手軽に借りてすぐに観ることができるのでありがたい。レンタルは万能ではないので時に観たい映画のDVDがないこともあるが(そもそもDVD化されていないこともある)、今回は無事入手して観ることができた。


中高年の方ならたぶんご存知の「男と女」(1966年 フランス/クロード・ルルーシュ監督)だ。


フランシス・レイの手になるテーマ曲も有名で、大人のラブストーリーの嚆矢ではないかと思う。音楽よし。カメラよし。余計な説明のない脚本よし。そして主演のアヌーク・エーメのきれいなこと!ごく普通のランチコートもあれだけ雰囲気のある美人が着るとこうも違うのか、と改めて感心してしまった。


何度も観ているが、観るたびに印象に残るシーンが違う。今回はドービルの海岸風景がやたらときれいで印象的だった。


互いの子どもを寄宿舎に預けていることから男と女は知り合うのだが、そこで彼らが見た浜辺の光景がいい。光る海。波打ち際を走る犬。海岸に沿うように続いているデッキ。犬を連れた男性のシルエット。長いコートを着て中折れ帽子を被った男と犬のシルエット。


男はふとそれを見てジャコメッティを連想する。そして彫刻家の言葉を口にする。

もし火事になったらレンブラントの絵より猫を救う。そして後で放してやる。芸術より人生、だ」テーマ曲がインストルメンタルで流れる。


ストーリーそのものは単純だ。不幸な出来事で配偶者を失った2人が出会い、互いに惹かれていく。そしてその思いが共通だと知った時、男は単純に喜ぶ。女もまた新しい愛に踏み込もうとするが、自分の中にまだしっかりと夫が存在することに気づく。2人は気まずく別れる。男はモンテカルロのラリーで使ったと思われる184という番号が描かれた車で帰る。女は列車で帰路に着く。乗換駅で女が列車を降りるとホームにで男が待っている・・・


2人がその後どうなったか、などの説明は一切ない。ホームで再び抱き合うシーンで終わる。そんなところも好きだ。


話は逸れるが、今回観て新たに気づいたことがある。レース後車でドービルに駆けつけた男が女を見つけて走り寄り抱き合うシーンとラストシーンの、カメラが2人の回りをぐるぐる回りながら撮るという印象的なカメラワークだ。もしかしたら、私が好きな「タンゴレッスン」の監督(主演もしているサリー・ポッター)の頭の中にこのシーンがあったのではないかと思ったのだ。タンゴを踊る2人の回りをカメラが回りながらとらえるシーンがあって、そちらも印象的だ。


とにもかくにも、フランス映画は洒落ていていいなと改めて感じ入った時間であった。


*3/9からル・シネマで上映される「愛、アムール」に注目している。

*ジャン・ルイ・トランティニャンが主演しているから。観にいかなくちゃ!

*3/16からの「偽りなき者」も観たい。

| - | 19:15 | comments(0) | - |
変ることは不可能なのか
13-0223


新聞の第一面にどこかの大統領とえ顔で握手しているどこかの首相の写真が乗っている。人間、それが誤解であろうとなかろうと自信というものを持つと顔つきが変わるのだろう。オナカが痛くて責任あるポストを放り投げた頃とは顔付きが違ってみえる。その顔つきに「頼もしさ」を感じる人が多いのだろうか。何の根拠もない「頼もしさ」に。


もうすぐ3月。3.11のことを忘れてしまった人はいないと思うが、その記憶がどれほど鮮やかに残っているか、切実なものとして存在しているかとなるとなんだか危ういように思われる。以前にも日本人は忘れっぽいのではないかと書いたことがあるが、近ごろとみにそう思う。


数日前、ネットニュースを見ていたら週刊ポストに掲載されたK.V.ウォルフレン氏(日本研究の第一人者、とある)とM.ファクラー氏(ニューヨークタイムズ東京支局長)の対談の記事が出ていて、なんだか外国の人の方がまっとうな見識を持っているように思った。


原発事故の規模が全くわからなかった時においても、国内のニュースよりも海外のニュースの方が信憑性があるとしてそちらを見守っていた人も多かったのではないか。事故から2年経過した現在も国内よりも海外で言われていることに重きを置かねばならぬとしたら、なんとも情けない。一部ポストの記事を引用する。


ファクラー:(略)その意味では、3.11の東日本大震災、福島原発事故でさえ日本にとって真の危機にはならなかったわけです。なぜなら、あれほどの災害でも東京電力はまだそこにあり、旧態依然とした“原子力ムラ”の体制、やり方に戻っていってしまっているのですから。官僚は原子力関係への天下りを温存し、学者は原子力業界からの研究資金を得続けて、メディアは原子力を推進する企業の広告をいまだに数多く扱っている。これでは変わりようがありません。日本のシステムを変革するには、ある意味で3.11より大きな危機に直面する必要があるのかもしれません。


ウォルフレン:官僚を中心とした権力構造が改革を妨げる。まさに私が指摘してきた「人間を幸福にしない日本というシステム」ですね。安倍氏も「戦後レジームからの脱却」を唱えながら、全くその思考から逃れられていません。


先日ラジオを聞いていたら、社会学者の宮台真司氏(だったと思う)が、自分たちの生活を変えていくためには、国民が自治の意識を持たなくてはダメだ、というようなことを話していてなるほどと思った。


国が国がという前に身近な自治体の代表者選びを真剣にしなければならないのだろう。また、一人一人が明確なポリシーを持ち、代表になった人たちにぶつけていくという気持ちにならなければならないのだろう。簡単なことではないが、そうでもしなければ現状は全く変わりそうになような気がする。

| - | 18:10 | comments(0) | - |
ボタンでアクセサリー
13-0222

以前コツコツとやっていたボタン集めもこのところ久しくしていない。集まるばかりで実用が追いつかないということもあるが、キリがないのでこのあたりで少し休もう(またやるのか!?)と思った次第。


私が主にボタンを買うのはネット上で、だいたい贔屓にしているところは決まっている。現行のボタンにはあまり興味がないので、たいていはビンテージかアンティークのボタンを扱うショップ。たまに目の保養として見るが、見ていると欲しくなるので困ったものだ。


先日、たぶん今までで一番買ったと思われるショップからのDMを読んでいたら、前々から販売していたパーツが好評なので増産したことを知った。どれどれと見に行ってみると、今手元にあるボタンを有効活用できるようなので購入してみた。


写真はそのパーツにボタンを装着してみたもの。ペンダントヘッドの土台中央に穴があいてあり、ボタンの足(シャンク、という)を入れてピンで固定すればいいようになっている。シャンクの長さはまちまちなので、長いシャンクのボタンが浮かないよう間にかませるパーツも付いている。


高価なアクセサリーは持っていないが、好き嫌いはけっこうはっきりしている。ネックレスや指輪はどちらかというとボリューム感のあるものの方が好きで、指輪の場合はいくつかを重ねてボリュームを出すこともある(最近全然指輪をしていないが・・・)


写真のボタンは直径2.5センチくらい。濃紺のマーブル柄のセルロイドの上に金属製の透かし彫りを重ねたデザインで1900年くらいのものだというからアンティークの部類に入る。アンティークのいいところは、ものによるが同じものがほとんどないことだろう。


真珠を例外として宝石類にはほとんど興味がない。アクセサリーも有名ブランド、有名デザイナーのものよりもこんな感じが好きである。

| - | 18:02 | comments(0) | - |
カバ!
 13-0221

動物園や水族館などに行く楽しみのひとつに、各施設にあるショップを見る、というのがある。美術館もしかり。たいていは眺めるだけだが、たまに何かを買う。多くが子ども対象のファンシーなものが多いが、リアルなぬいぐるみやフィギュアがあると食指が動く。


さすがにぬいぐるみは買わなくなったが、フィギュアは小さく価格も手ごろなだけに手を出しがち。コレクションするつもりはないが、好きな動物のものがあると買おうか迷う。あまり他ではみかけないものだとなおさらだ。


数年前、息子と上野動物園に行った時にカバのフィギュア(大きめ)を買って以来、カバものには特別な思いを持ってきた。去年ズーラシアに行った時は、小さなカバのフィギュアを買った。そして、いつだったか車で出かけた時寄った足柄SAのガシャポンでカバのチャーム?があったのを見かけて買ってきた。


全5種類、シークレット1種類で私が出したのは「子カバ」これが予想外にかわいくて、いつも煙草を入れているポーチに着けている。他のカバも欲しいなぁと思っていたがどこで手に入れたか忘れておりあきらめていた。


ところが先日鳥羽に行った折寄った足柄SAでまたしても再会(^.^;) ああ、そうだったとなつかしく思いつつ今回は2コ手に入れた。同じものが出る可能性もあるのだが、運良く別のもの。しかもそのうちの1つはシークレットの「ピンクの汗をかくカバ」だった。


水族館や動物園のガシャポンはオリジナルがあって面白いのだが、それ以外のところでもけっこう気をつけて見ていると変ったものがある。地元のTSUTAYAでは「山菜ストラップ」なるものがあった(買わなかったけど)。


大人げなくいろいろなガシャポンをやるのだが、このカバシリーズは出色の出来だと思う。まあ、カバが好きなのでそう思うだけかもしれないが、子カバは表情までかわいいのだ。比較的マイナーな動物なので作った会社(エポック)は偉い!

| - | 16:47 | comments(0) | - |
鳥羽水族館
13-0219

昨日、鳥羽水族館への日帰りを強行!片道6時間かけて行って水族館にいたのは2時間程度。

また6時間かけて戻ってきた。雨模様の平日なので渋滞はなかったが、それにしても遠い。


が、車だと「遠くに来た」という実感が今一つ。しかも滞在時間が短かったのでなおさら。

以前から行きたいと思っていた水族館だったが、感想は「一度か二度行けばいいかな」

というもの。これは個人的な好みの問題なので、人によっては何度も行きたくなるかも

しれない。


「順路のない水族館」と銘打っているが、私はもともと美術館にしろ水族館にしろ順路

どおりには見ないのでその点は特徴のようにも思えない。まず感じたのが大きな水槽が

多いということ。スナメリ、ジュゴンなど大型生物が多いので当然そうなるのだろう。

サメ、ハイギョ、ピラルクなども迫力があり見ごたえがあった。


平日だったがけっこう混雑しており人気の高さがうかがえる。たぶん誰が行っても平均的な

満足度を持つことができる水族館なのだろう。


個人的には、見たことがない生物(スナメリ、ジュゴン、マナティなど)を見られたことは

楽しい経験だったが、もう少しマニアック?な展示が欲しかった。熱帯のきれいな魚たちを

見てもあまり食指が動かないので、やはり深海魚とかクラゲとかイカとかタコとか・・・

そんなものがもっと見たかったと思う。


ただし、大好きなコブシメはたっぷりと見させてもらった。帰ってきてからもう一度サイトを見て知ったのだが、2月5日に産卵したらしい。もう少し丁寧に見ていたらサンゴの中に産み付けられた卵を見られたかも?


また、セイウチ2頭によるショーもなかなか面白そうだった。途中までしか見ていなかったが

あれほど大きな海獣を目の前で見る機会はあまりないだろう。三重県には今まで行ったことがなかったが、かいま見た海岸線なども複雑でなかなか良さそうだ。次回はもう少しじっくりあちこち行ってみたいと思っている。


水族館については、やはり私の中では新・江ノ島水族館の評価が高い。都心にも楽しい水族館はいくつかあるが、はやり明るい太平洋を望む立地というのも高評価の一要因になるだろう。比較的近いのでもう少し暖くなったらまた行きたい。あ、ついでに江ノ島にも久しぶりに行きたいぞ。


●ちょっと期待はずれだったダイオウグソクムシ→http://www.youtube.com/watch?v=82HXs8DJctc


●コブシメの産卵→http://www.youtube.com/watch?v=1w-6jj3L9vI

| - | 13:36 | comments(0) | - |
女性の時代
13-0217

昨日の夕刊に掲載されていた4コママンガにふと目が止まった。おかまバーのママらしい女性がなにやら怒っている。3コマ目で彼女が叫ぶように言う。


「男ってさ、なんか武器を持ってないと不安なんでしょ?核とか銃とか!それって弱虫ってことよ!」


なるほど、なるほど。少し前、「東京裁判」のドキュメントフィルムがDVDになっていたので借りてきて見たのだが、つくづく戦争というのは世界中の男たちが始めるものであり、ひょっとすると男は戦争が好きなのではないかとさえ思ったものだった。


また日本という国を省みて、先進国でこれほど女性が活躍していない国もないのではないかと思った。国の運命を左右する政治の世界。経済界もそうだ。細かく見てみれば、頭が下がるほど活動している女性たちも多いが、その分野をリードしていく女性があまりに少ないように思う。


私が若かったころ、「女の時代」と言われた時期があった。どの分野でも女が持ち上げられ、女性の力が注目された・・・かのように見えた。しかし、たいていの場合それは時代の流れだからという安易な動機によってであったように思われてならない。「わが社は女性の能力を重視し、活用しています」という態度を取ることにより、社風の魅力づけをしていたにすぎないような。


そんな時代が過ぎて、今なお日本は男性社会である。男性方が女性に敵対しているというよりも、男性も女性もこれでいいと思っているのではないだろうか。「男は強く逞しく。女は優しくおおらかに」という価値観念が深く染みついているのか。


昔の映画のキャッチフレーズではないが、優しくなければ強くなれないと私は思っている。男が本当に弱い生き物であるなら、やはり女性がどんどん社会に出て男たちを守ってやらねばならぬ。受験においても、就活においても男子生徒より女子の方が優れているという話をよく聞くが、優れているなら枠を超えてでも女性を登用し、きちんと自立した国になる努力をすべきではないのか。


4コママンガでふとこんなことを考えてみる。

| - | 21:07 | comments(0) | - |
燐寸
13-0216
・・・千倉に行った帰りに買ってきた海猫堂の燐寸。猫柄には目がない・・・

今ではほとんど使う機会もなくなってしまったが、私は燐寸というものが好きである。中学生のころだっただろうか。仲がいい友だちが燐寸を集めており、彼女が燐寸を集めていた。その真似をして私も集めはじめ、小さなダンボール箱に一箱分くらいは集まっていたと思う。


今では、燐寸を置いている店が非常に少ないが、当時は酒を扱う店だけでなくちょっとしたケーキ屋などでも燐寸を置いていた。箱に入った燐寸が好きだったが、簡易版というのか名称がわからないので説明しづらいがちぎって使う燐寸もけっこうあったと思う。それをちぎらずに火を付けるテクニックもあったのだが、私にはできなかった。


そんな私ではあるが、小学生のころは燐寸を擦って火を付けるのが怖かった。当時うちにあったガスレンジは自動点火ではなく、開栓した直後に燐寸を擦って火をつけなければならなかった。それがこわくて湯を沸かすこともなかなかできず、果てはフォークの先に燐寸をはさんで擦ろうとしてみたり妙な試みをしたものだ。今考えるとかえって危ないことをしたと笑うのみである。


今は燐寸を擦るシーンがほとんどないが、ごく稀に擦ってみることがある。火がついた瞬間のにおいにどこかなつかしさを感じ、また手をかざして火が消えないようにする所作がなんとなく好ましい。


中学生のころ集めていた燐寸は、結婚する時だろうか、惜しいと思いつつ捨ててしまった。以来コレクションをしようという気持ちは持たないが、それでもどこかで見つけるともらってきたり、時には買ってきたりしている。そして、今や実用にはふさわしくないもののどこかノスタルジックで、微かにロマンチックな雰囲気をひそかに楽しんでいる。



| - | 18:56 | comments(5) | - |
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