・・・暗闇の中に浮き上がるテニスコート。シュールな風景・・・
恋愛相談でもなく、就職相談でもなく、人生相談でもない・・・身の上相談。物心ついた時分には、たまに聞く言葉だったが、今耳にすると妙ないい方かもしれないが新鮮な感覚を覚える。
ほぼ毎日のように聞いてるラジオ番組に身の上相談のコーナーがあり、はじめて聞いた時には「まだこんなものが世間にあったのか」というものだった。しかし何度か聞いているうちに、人が抱える悩みは時代により微妙な変化を見せつつも、案外似たようなものになるものなのだという認識を新たにした。
番組では回答者が日替わりで相談者の悩みに答える。相談者は老若男女様々だが、割合からいうと女性の高齢者が多いように思う。内容は様々だが、贈与など金にからむこと、家族関係などが多い。限られた時間での相談、しかもラジオで公開されるわけだから、相談者にも回答者にも効率的な物言いが求められるわけだが、「身の上相談」と「効率」といういかにも相性が悪そうな組み合わせの中で話がどのように進んでいくか・・・けっこう聞いていておもしろい。
他人の悩みを聞いておもしろいとは顰蹙ものかもしれないが、公開されている以上そう思う人がいても仕方ない・・・というか、「他人の不幸は蜜の味」ともいうように、屈折した楽しみを感じる人だっているにちがいないと私は踏んでいる。私はというと、そこまで屈折はしていないが、ひとつの会話形式としておもしろさを感じている。
高齢者の場合、しかもその人の中でその悩みが深刻であればあるほど、話をすっきりまとめることができない。聞いていて歯がゆくもあるのだが、気持ちが先走って藁をも掴むような思いで電話をかけてきているのかもしれないと思うと、いたしかたのないことなのかもしれないとも思う。
気になるのはどちらかというと回答者の方で、支離滅裂あるいは極端な説明不足になりがちな相談者に対して、イライラしているのがなんとなく感じられると、もう少しどうにかならないのかと思う。また、回答者ではあるが、まず相談者がいいたいことをできるだけ言わせるのが基本だと思うわけだが、自分の意見を延々と話して時間がきてしまったというケースを聞いた時には、ちょっと腹が立った。時間が限られているので難しいとは思うが、言いたいことを言って「そうは思いませんか?」と畳みかけられたら、相談者は「そうですね」
としか言えないではないか。
一方、相談者の方もなかなか。「あなた、その年齢でその相談はないでしょう」というものもたまにある。たとえば、今日は40代男性からの相談だったのだが、人間関係が上手く築けないという身の上相談。自分を表に出すのが苦手で、誰とも親しくなれず上司ともぎくしゃくしている、という内容だった。
なんだか日曜日に放送している「子ども電話相談室リアル」と程度が変わらないような気がしないでもないが・・・そんな時こそ、「しっかりせい!」と相談者を一喝し、その後励ますという回答が望まれるのだが、やはりそうはできないようだ。回答者は、これまた「子ども相談室」に出てきそうなアドバイスをし、相談者は「わかりました。なんだか気持ちが少し明るくなりました」と答えた。本当か?本当に明るくなったのか?うーん。
まあ、相談というのは、ストライクゾーンにビシッと決まる回答を求めてのことではない場合も往々にしてあるわけだから、これはこれでいいのかもしれないと思いつつ、いやぁ身の上相談って面白いとまたしても面白がってしまう私なのであった。