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日々の内側
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冬の嵐
09-0131

昨日からの雨が朝方まで残っていたが、しばらくすると雨は徐々に弱くなり、知らない間に止んだ。が、風は強く、北側のベランダの鉢植えの枝を大きく揺すぶっていた。さながら、冬の嵐の様相。どこかに残っていた落ち葉が舞い上がり、中空を舞っていた。

この嵐はもしかしたら春が訪れる前触れかもしれない。昨日の雨には、はっきりと春の気配が漂っていた。やさしい春の雨の気配が。それはそれでなかなかいいものなのだが、冬好きな私としてはちょっと淋しい。

今年の冬は厳しい寒さが予測されるということで、もっとキリリとした日が多いと思っていた。が、フタを開けてみれば、前の冬とあまり変らないような気がする。所詮、温暖化した、ヒートアイランド化した東京近辺の冬はこんなものなのだろう。なんだか物足りなく、不完全燃焼したような気持ち悪さが微かにつきまとう。

そのようなことを言っていると、北方に住む人たちから「それは甘い!」という言葉が聞こえてきそうだ。彼等の多くが暖い春を待ち望み、雪に閉じこめられた生活から早く解放されたいと願っている。

ゆえに、暖冬をかこつ人間に対する思いもわからないでもない。が、逆をいえば、彼等はこの緩い冬を知らないからそう思えるのだともいえる。お互い様なのである。

春は嫌いではないが、その先の夏が苦手なので春の訪れに対してはもろ手を挙げて歓迎する気持ちがもてない。が、春ならではの喜びもまた知っているので、憂いは憂いとして横に置き、春を楽しめればいいなぁと思う。
| - | 22:34 | comments(0) | - |
編み物中毒
09-0130
・・・前にも登場した三角模様がチャーミングなコ。赤いフェラーリがお気に入り・・・

仕事が忙しくないので(はっきり言ってヒマ!に近い)、編み物に余念がない毎日。余念がないというか、編み物って中毒になるかもしれないと感じる今日このごろである。

やることがあるのに、何故だか続きを編みたくなる。表ー裏ー表ー裏といった単純な一目ゴム編みなど、編み方はいたって簡単なものばかりなのだが、それがまた中毒になりやすいのかとも思う。人間、単純な繰り返しには飽きることもあるが、それがクセになるということもあるんだなぁと思う。

ブツログにアップしたマフラーや帽子を編んだ後、少なくとも帽子を6つ、マフラーを2つ編んだ。これらはちょっと考えるところがあってアップしないが、みーんな単純な作りである。

ただ、糸の質や糸の組み合わせには私なりにこだわり、編み心地にもこだわり、糸の始末は丁寧に、ちまちま、ちまちまと編んでいる。

しかし、一端こたつに入ると出るのが億劫になるように、編み物にはまり始めるとすべきことをなおざりにしたり、後回しにしたりしがちになる。天気が悪い時は別として、もっと外に出たいとも思っているのに、ついつい家にこもりがちになる。これはいかん!何事もほどほどがよろしい。と、少し心を入れ替えようかと思っているところだ。

*雨のせいかわからないが、頭痛が治らない(T_T)
*昨日の夜から。いろいろ鬱屈しているからストレスかな?
*そういえば「鬱」という字、常用漢字に入ったんですよね。
*これを小学校で覚えなくてはいけないって大変だなぁ。
*それにしても漢字が書けなくなった・・・
*本気で練習しなくちゃかな。漢検のドリルでも買うか!
*今日の雨はなんとなく春めいているような気がする。
*外に出ていないのでわからないけど。どうです?
| - | 18:08 | comments(2) | - |
表と裏
09-0129

光あれば闇あり。表あれば裏あり。それが世の中の常だが、どうも私は「裏」が気になってしかたがない性格らしい。今日はそんなことをつらつらと断片的に。

【裏を見る楽しさ】
街を歩いていると、ついつい裏道に行きたくなる。人間同様、街にも表の顔と裏の顔があって、裏の顔の方が(人間同様)、本質に近いと思っている。だから、商店街などにいけばとりあえず表通りをざっと歩き、裏通りを丁寧に歩く。表と裏のギャップが大きいほど楽しいのは言うまでもない。

【飲食店の裏はなかなかすさまじい】
こ洒落た店は裏口を晒すなど不用心なことはしないだろうが、もっと庶民的な店は存外他愛もなく裏を晒していることが多い。私の経験では中華関係が最もすさまじいように思う。脂でギトギトになったダクトや換気口も見ごたえがあるが、裏口からこっそり見る厨房内部もなかなかである。見たら表から入る気持ちも失せるが、人間のたくましさを垣間見たような気もしてなかなか面白い。

【住宅の裏もなかなか面白い】
玄関側から見た時には想像もつかない裏の顔を見ることがある。勝手口の脇にころがっている古い鍋とか、もしや死体が入っているのではないかと想像がふくらむ古い冷蔵庫とか。いかにも現代的な住宅なのに、裏のガラスごしに見えたキッチン棚に並ぶ鍋が古風だったりとか。

【陰口はあまり利きたくないし聞きたくないが・・・】
裏でコソコソ呟かれる陰口も傍観者であれば気楽でいられる。裏でしか言うことができない本音がビシビシ伝わってくる時など、「次は何が出て来るか?」などと下品な考えがチラリと過る。陰口を利くのはさもしいと言うのは簡単だ。が、言わずにおられぬ鬱屈した気持ちもわからなくはない。言いながら我がさもしさを心の中で嘆いている人もいるように思う。「人の悪口は決して言わない」という偉い人もいるようだが、はてさて本心か?

【生地や編み地の裏が気になる】
二本棒の編み物には「表編み」と「裏編み」がある。見た目の好みは「裏編み」だが、どういうわけかそれを表側に使うことは少ない。編まれたものを手に取る時は、裏を見る。糸の始末が丁寧にされているかどうか、思わずチェックしてしまう。裏をおろそかにする仕事はよい仕事とはいえないと思うから。また、生地を見る時も裏をチェックする。それを表に使うことはまあないが、意外な質感や模様になっていることがあり、それを発見した時は何故か嬉しい。

【表日本と裏日本】
今ではほとんど死語に近いと思うが、昔はそのような表現があった。「裏日本」とは日本海側の地域のことで、当該地域に住む人たちからの不満、不服、避難を何度か聞いた記憶がある。どうしても「裏」という言葉にはマイナーな、暗い、格下のイメージがつきまとうからだろうが、私は「裏日本」のマイナーさ、暗さが嫌いではない。というよりむしろ好きである。うーん、演歌の世界か。

*今日は久しぶりに千葉方面へ。
*この仕事もあと少しで終わり。ちと淋しい&とても困る(^.^;)
*まあ、事情が事情なので仕方ないんだけどね。
*仕事がどんどん縮小されて不安いっぱい。
*でも、ここで踏ん張らないと後がない。さて、どうするかな。
*とりあえず、目の前の仕事を精いっぱいやるとするか。
*明日は雨?これから、一雨ごとに春が近づく。
| - | 20:24 | comments(4) | - |
黒いオーバーはあったのだった!
09-0128
・・・言問通り近くの靴屋。こういう店は続いてほしいが・・・

実家に新年の挨拶に行ってきた。1月も終わろうとしているのに。実家の家族も正月はのんびりしたいらしいので、ここ数年行くのはかなり後になってからにしているのだが、今年はとくに遅れてしまった。

正月の話、近くの神社の話、不景気の話などをひとしきりしたら、先日日記に書いた母のオーバーのことを思い出し、好きだったのに処分してしまって残念だと告げた。

すると母が、「あら、あれあるわよ。」と一言。ええーっ!前に聞いた時は確かもうないと言っていたと記憶していたのだが、私の勘違いか。勘違いでも嬉しい勘違いなのでよしとしよう。

「だって、あれ高かったし」と母。もう二度と着るつもりはなくても保存していたとは、よほど気に入っていたコートであり、かつ当時の母にすれば高価だったのだろう。が、着なくなって少なく見積もっても30年は経っている。押し入れの奥底にあるかと思いきや、案外出しやすいところにしまってあった。

母や妹もなつかしかったらしく、さっそく出してくれた。そうそう、これこれ。モヘアだと今日も母が言っていたが、私の記憶にある質感とは若干違っていた。が、ずしりと重く、しっかり仕立てられている。

さっそく袖を通してみたら、案の定ゆき丈がかなり短い。が、袖の幅がゆったりしているので、近ごろ流行りの七分袖のコートのようだ。問題ないだろう。ボタンは、革製だと思っていたら、革製に見せたプラスチックだった。よく出来てはいるがプラスチック。これだけは変えた方が絶対にいいと思っている。

素材を知りたくてタグを探したのだがどこにもない。素材タグどころか、メーカーのタグもない。内側に婦人物としては珍しく小さい内ポケットがついており、そのポケット口に近いところに名字が刺繍されている。もしかしたら、既製品ではないかも?

母に聞いてみたが、買ったのか誂えたのか全く覚えていない(^.^;) が、私が欲しいといったら気持ちよく持たせてくれたので、既製品かどうかなどどうでもいいことだ。とりあえずクリーニングに出し、ボタンを探そう。

*いやぁ、大きな収穫でありました。
*その他にも、妹が母に編んだ手編みのセーターを3枚もらってきた。
*母も妹も体型的に着られないとか。
*とても凝ったアラン模様のカーディガンはアルパカ糸使用。
*複雑な模様が実に正確に編まれている。姉妹とはいえ性格が違うなぁ。
*セーターもコートも機会があったら写真をお見せしますね。
| - | 18:58 | comments(4) | - |
吉祥寺
09-0127
・・・これは吉祥寺ではなくて、西新井。街道沿いの歩道から裏道を・・・

行くのを躊躇っていたが、結局行ってきた。しかも昨日の今日。やれやれ、我慢の効かないオンナである。

吉祥寺は久しぶりだが、どこかなつかしい街でもある。20年ほど前から5年間、三鷹に住んでいたので隣町だった。当時は新宿の会社に勤めていたが、吉祥寺に本社があった不動産会社の専属スタッフとして吉祥寺に出向していた時期もある。

当時からだいぶ変ってしまったが、まだ捨てた物ではない。駅前の商店街は相変わらずだが、その奥の住宅街にもかなり店が進出し、あるものは知らない間に消え、また新しい店が出来ている。

若者を対象とした店が多いが、背後の住宅地を見込んでの武蔵野マダム?相手の店もけっこう存在する。また、子ども(とその親)をターゲットにした店も。もともと、輸入玩具の「ニキティキ」はあったし、「おばあちゃんの玉手箱」も今もって健在だ。

今日は昨日ひとりごちた糸の店「AVRIL」に行ってきた。京都が本店なので吉祥寺店はマンションの1室といった狭さだが、それでもよそでは手に入れることができないユニークな糸がたくさんあった。こういったマニア向けの趣味用品を扱う店も案外多いような気がする。

私の中では、「散歩したい街」と「明確な目的のもとに行く街」というのがあり、おおむねきっぱりと分かれている。が、そのどちらも兼ね備えている街というのが数少ないがあることはあり、吉祥寺はその1つだ。

取り残されたように異彩を放つ木造の大きな家、銭湯、老婦人が集まって編み物をしえいる毛糸屋、などもある。駅前のハーモニカ横丁もまだ健在だ。今日は目的を果たしたらさっさと帰ってきたが、次回行く時はカメラを持ってぶらぶらゆっくり歩いてみたい。

*もちろん、ユザワヤにも寄りました(^.^;)
*あそこに行くと時間が経つのが早くて〜
*ちょっと一休みしに行ったのは、「茶房武蔵野文庫」。
*この店も古株ですね。当たり前のようにタバコを吸えるのがありがたい。
*おなかすいていたら、「くぐつ草」に行ってカレー食べたんだけど。
*あ、そうそう。渋谷駅のアレ、見ましたわ。
*あの場所にぴったり。いいね、太郎ちゃん。
*万博の時は、何このおっさん!と思っていたけど。
*ここ数年でかなり好きになってます、はい。
| - | 22:03 | comments(4) | - |
腹立たしきことのみ多かりし
09-0126

特別機嫌が悪いわけでもないのだが、今日は腹が立つことが多かった。ぷんぷん。

まずマンションの自転車置き場だ。前にも書いたと思うが、駐輪マナーが悪い人が多くて困る。

スペースも飽和状態で停める場所を探すのに苦労することはあるが、かといってすでに停めてある自転車の持ち主が日々使うことを考えれば、自ずと停め方や停め場所は考えなくてはいけない。そんなこと常識!

それなのに、ああそれなのにそれなのに、それが全くわかっていない・・・というよりも、考えようとしていないとしか思われない人が多い。ぷんぷん。

すでのびっしり並んでいて入る余地がない自転車の列に、自分の自転車の頭だけつっこんでおくヤツ!これが一番腹立たしい。

自分はちゃんと停めたつもりで晴れ晴れしているかもしれないが、つっこんだ自転車の両隣はたまったものではない。出そうと思っても出せないからそのけしからん自転車をうんとこしょとどかすことになる。そんな自転車に限ってなんだか重たいと思うのは気のせいか。

今日もそんなことがあって1台どかした。私はいつもそういう時は、どかした自転車をあらぬところに置いておく。もしくは、ぐっと奥まった出しにくい場所に置いてやる。元に戻してやりなどしない。

今日もムカムカしつつとんでもないところに移動させたのだが、さて自分の自転車を出そうと手を見たら、真っ黒になっている。移動させた自転車のサドル下がとても汚れていたのだ!全くもう!

買い物に行こうとしていたので、仕方なくスーパーのトイレで手を洗うことにして、そのまま出かけた。が、トイレでせっけんをつけていくらこすっても汚れが落ちない。なんだか油が混じったタチの悪い汚れだったようだ。ぷんぷん。思わず、今度同じ自転車が同じような駐輪のされ方をしていたら、まず軍手をはめ、近くの道路に投げ捨ててやるっ!と思ってしまった(やらないけど)。

次に腹が立ったのは道路工事だ。腹を立ててもすぐに忘れる私は、気を取り直して買い物を済ませ、家路を急いだ。が、いつも通る道が道路工事で通れない。回り道して街道に出たらこちらも工事中。通れるが、道の端が継ぎ接ぎ状態になっており走りにくいことこの上ない。

なんだか、この時期になるとどこでも道路工事をやっている気がするのだが、気のせいか?それも、以前もやったところをただほじくり返しているとしか思えないんだけど。

うちの近所でももうすぐ1ヶ月間の道路工事が始まるというお知らせがポストに入っていたが、道路工事はたいてい車のためにやるようなもので、歩行者や自転車のことは考えていないと思われる。そんな工事をするくらいなら、歩道上何メートルおきかにある
邪魔な電信柱をなくせ!といいたいぞ。ぷんぷん。

*腹を立てるとおなかがすくのはどうしてでしょう(^.^;)
*まあ、ブログに書けるほどのことはたいしたことじゃないんだけどね。
*深刻な怒りはなかなか書けるもんじゃないやね。
*未だにセールのDMメールがくる。誘惑するなよぅ。
*そういうのは見ないでポイすることにしたから。うん。
吉祥寺の毛糸屋に行きたいけど、ほしい糸がたくさんありそうなのよね。
*手持ちの財産(糸)がありあまっているからねぇ・・・
*あ、そうだ。年末に買った古い布を送らなくちゃ。
*バッグの製作をたのんだんですわ。
| - | 18:35 | comments(2) | - |
足立区を往く
09-0125

南千住には何度か行ったことがあるが、それ以外ではほとんどなじみがない足立区を歩いてみた。今回は、東武線の西新井から西新井大師へ、それから住宅街や商店街をくねくねと歩いて梅島駅というコース。

西新井大師はかなりの人出でさすが関東の厄除け三大師といった雰囲気。2月3日までは初詣期間らしく、境内のいたるところに店が出て大賑わいだった。帰宅してサイトを見てみると本堂の他にも不動堂、六角観音堂、大日如来像、塩地蔵、水子地蔵、水洗い地蔵など見どころがけっこうあるのだが、あまりの賑わいに見落としたところがけっこうあった。

大師を出て2時間近く歩いたのだが、全体的にひっそりとした印象を受けた。日曜日だということもあるのだろう。商店街の店も休んでいるところが多い。が、もう営業していないような店や雑草が生い茂るままの空家や空き地が目立った。

以前は町工場が多かったエリアだと聞いたが、ここもまた時代の波に飲まれつつあるのだろうか。古い家並みや商店街を歩くのが好きな私としては、やはり淋しいことだと思う。

それでもやはり、取り残されそうな、近い将来消えてしまいそうな場所が好きだから、これからもそういう街を歩き続けることだろう。

*いい天気だったが、けっこう寒かったかも〜
*上はBABAシャツ、保温シャツ、薄手セーター、薄手ダウン(2枚重ね)
*下はタイツ、ジーンズ、厚手ソックス、ムートンブーツ
*おまけに毛糸の帽子。それでも寒い!
*参道で売られている団子がちょっと美味そうだった。
*でも荷物になるから買わず。
*その代わり?、今川焼きを買って食べました。久しぶり!
Walkin'、本日の日記と同タイトルで更新。
| - | 20:17 | comments(0) | - |
校歌
09-0124

先日飲んでいて校歌の話になった。普段はあまり思い出そうともしない校歌を久しぶりに思い出そうと試みたが、きちんと覚えていたのは小学校の校歌だけだった(^.^;)

幼い頃に覚えたことは忘れないというが、それを認めつつ、やはり小学校の校歌が一番好きで愛着があるからだろうと思っている。小学校の校歌については以前も書いたことがあるが、今回はすべてを引用してみよう。私の母校である小学校は、横浜市立日吉台小学校である。
日吉台小学校校歌
  作詞:陶觀光 作曲:須田昌平 編曲:高田幸三
1,かすみのほほえむ 桜花
  若草もゆる 日吉台
  学びの庭にうち集い
  楽しむ遊ばん わが友よ
2. いらかの日々に そびえたち
  伸びゆくわれらの 日吉台
  文化の鐘は ひびくなり
  楽しく学ばん わが友よ

日吉台小学校は、文久3年(1863年)に設立された寺子屋・清林学舎が前身で、私が入学した頃から周辺でも古い歴史をもつ小学校として知られていた。あと数年したら創立150年になることになり、今年開港150年を迎える横浜港に遅れることわずか4年ということになる。

校歌がいつごろできたのかはわからないが、簡潔な文語調が心地よいし、なによりまず「楽しく遊ばん」といっているところが個人的には気に入っている。

中学校の校歌も悪くはないが少し冗長な印象を持つのも、小学校校歌が簡潔だからだろう。高校は新設校だったので(私は4期生)在校中は校歌なし。大学の校歌は出だしと最後だけ覚えていて中間は忘れてしまった・・・

大学といえば、実家は某大学に近いところにあるのだが、毎日午後5時(たぶん)になると校歌(塾歌)が鐘の音で流れる。応援歌の方が有名だと思うが、夕暮れ迫るキャンパスに悠々と流れるメロディはどこか志の高さとゆったりした品格を感じさせる。自分が入った大学の校歌よりも好きかもしれない。

*ちなみに、横浜市歌の作詞は森林太郎(鴎外)。
*つい最近知ったのだった(^.^;)
*これも暗記しているなぁ。いかに度々歌わされたかということだな。
*最近はブルースにして歌っている人がいるらしい。
*なんだか1日中軽い眩暈がして気分悪し!
*出かける予定も延期に。明日は直ってほしいもの。更年期障害かね?
| - | 17:08 | comments(2) | - |
嬉しくてやがて悲しきバイキング
09-0123
・・・元公園猫のハナちゃん。今では飼い猫に出世し、悠々自適・・・

仕事でお付き合いのある方の招待で、某結婚式場のバイキングに行ってきた。「世界一周バイキング」とはいささかおおげさだが、日本、ヨーロッパ(スペイン、イタリア、ドイツ、フランスなど)、モロッコの料理がずらり。

飲み物もビール、ワイン、焼酎、ウイスキー、オレンジジュース、ウーロン茶、食後のコーヒー、紅茶、もちろんデザートいろいろ。

一度にたくさん食べられない私としては、好きなものを好きな分だけとれるのはありがたい。コース料理などではとても食べきれるものではなく、気が引けるだけなのだ。昼食を少なめにし、満を持して望んだ。

が、嬉しいのは1時間くらいで、その後はもう満腹で何も入らない。せっかくいろいろあるのに・・・と残念な思いと、せっかく招待してくれたのに招き甲斐がなくて申し訳ないという気持ちが徐々に強まってくる。

あっさりした味付けだと思われる雑煮も、茶そばも、おいしそうなストロベリームースもフルーツケーキも全く入る余地なし。うーん、残念。

私のような人間は、酒の肴を2品くらいちょっとつまんでお茶漬け、というのが一番気楽でいいのかもしれない。とほほのほ。

*体調も今一つだったのよね・・・
*昨日、ちと飲み過ぎた。へちまの美味しい肴と酒がいけないんだわっ!
*最後に「ひみつビール」も出て来るし。
*入手しにくいベルギービールらしいのだが、これが美味いのよ。
*ああ、まだ満腹で苦しい。うっぷ。
| - | 22:29 | comments(2) | - |
無口なオンナ
09-0122

オバマ新大統領の演説は20分弱だったらしいが、どこぞの誰かに爪の垢でも飲ませたくなるような爽快さを覚える。短ければ短いほどいいとは言わないが、演説でなくても長々しい挨拶は話している人の冗長さを露呈させているようなもので、聞く方にとっては苦痛であることが多い。

演説、しかも就任演説ともなれば非常に重要なもので、内容はもとより時間も大きな課題であっただろう。若干27歳だという主任スピーチライターは実力者らしい。

話が長いことと口数が多いことは似て非なるものではあるが、今日は口数について少し。

社会人になると人前で話をしなくてはならないことが多くなる。説得しなくてはならない、お願いしなくてはならない、弁解しなくてはならない・・・職業にもよるが、たとえば私のような仕事はハッタリをかましたり、上手な言い訳をしたりする能力も求められる。で、もともと口数が少ない私も相当鍛えられたといっていい。

子どものころから無口で、それゆえ何を考えているのかわからん!と言われつづけてきた。意識して口をつぐんでいるわけではなく、話す気にならなかったり聞き手に回っていた方が快適だっただけなのだが。

次から次へと言葉が出て来る人を見て羨ましいと思ったり圧倒されたこともある。人間初心者のころは。しかし、大人になり、人生半ばを過ぎると寡黙であることは案外得なことなのかもしれないと思うようになった。

まず失敗が少ない。口は禍の元、というように口数が多いほど言いすぎ、言い間違いなどの失敗は多くなり、言わない方がいいことを言って人を不愉快にさせたり、悲しませたりすることも多い。

寡黙といっても言いたいことは言うから、いい意味で口数が少ない分それを覚えておいてもらえる。が、これにはリスクもあって、覚えておいてもらえるのはいいが「物言いがきつい人」だと思われる可能性は否めない。単刀直入になりがちだからだ。

デメリットとしては、誤解されやすいこと、かな?理解する材料が乏しいわけだから当然といえば当然だ。が、いい方に誤解してくれる人も思いの他多いので、悪い方の誤解は放っておくことにしている。

また、ごく稀にではあるが、気を許せる親しい人と話していて、しゃべりすぎることがある。反動だとも思えないのだが、頭の中身は口数が多い人と同じようなものだろうから、普段話さない分溢れてしまうのだろうか?後でしゃべりすぎた自分に嫌気がさし、しばし鬱々と・・・人生経験を積むに従って学習し、今では1年に一度か二度のことだが。

以前夫だった人は私以上に無口な人間で、テレビでもついていなければ、家の中はとても静かだった。そんな父母だから、息子は幼いころ、急に大声をあげられたり勢い良く話す人がいると脅えた表情を浮かべたものだ。

不思議なのは、そんな息子本人はかなりおしゃべりだということ。小さいころは、寝ている時と食べている時以外はしゃべっている、というくらいのおしゃべり。今はさすがに私の前ではさほど話さないが、友だちの間ではどうなっていることやら。

| - | 17:55 | comments(0) | - |
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