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溝口健二作品を観る

ふとしたことがきっかけで、溝口健二監督の映画を観たいと思った。有名な映画監督なので名前だけは当然ながら知ってはいたが、まだ作品を観たことがなかった。溝口作品といってもたくさんあるが、とりあえず観たのは「雨月物語」「残菊物語」「西鶴一代女」「山椒太夫」である。

溝口監督の作風についてもほとんど知らなかったが、ワンカット・ワンシーンの長回しを多用することで有名、とある。なるほど現代の映画やテレビドラマに慣れた目には、いかにも悠長かつ違和感を感じるカメラワークだが、見続けていると癖になるというか、目が離せなくなってくる。短いカットを編集したものにはない独特の緊張感のようなものがあって、決していい画質とはいえない動画の画面に釘付けになってしまうのだ。

モノクロームの世界の濃い陰影。ほのかな灯。深い闇。その中で不思議な光を放つ女たち。ほかの作品を観ていないので何ともいえないが、この監督は女性をいかに表現するかを追求した監督であったような気がする。髪形、衣装、化粧などもたいそう凝っているが、なによりも身のこなしにこわだりを感じた。今の女優にはほとんど求めることができないような‘色っぽさ’を感じるのは私だけであろうか。

人となりについては、かなり毀誉褒貶のある人だったようだ。撮影に関してはかなりワンマンだったようで、俳優陣には恐れられていたらしい。自分の父親を憎むがゆえに、作品でも父親を好意的に描いたものはないという話もある。権威に弱いくせに目下には横暴、映画で使われた道具をわが物にするなどの公私混同、罵倒された妻の発狂、田中絹代への片思い・・・まあまあ、いろいろ出てくる。

私は映画でも絵画でも文学作品でも作者の人柄や生活態度と作品は別、というスタンスをとっているが、作品とそれらが全く関係ないとは思っていない。溝口作品などはやはり監督のどこかハチャメチャな部分がなければできなかったのではないか、そんな気がする。

ごく個人的な理由で注視してしまうのが、きものの着こなし方。着付けそのものというよりも、きものを着ての動きが気になっている。それを観察したからといってすぐに自分が実践するということではないが、やはり昔の女優は格が違うなぁと感じ入ることが多い。あといくつか観たい作品があるので、ゆるりゆるりと探して鑑賞したい。

| - | 11:02 | comments(0) | - |
22日は猫に語らせる日・・・6月担当:ふく

みんな、おはよう。ふくだよ。かわいいかわいい、ふくちゃんだよ!

なんだか、じゅんばんがまわってくるのが、すごくおそいとおもうもんね。このさいだから、おとしよりはもう「いんたい」して、ふくとダイスケだけでやるのがいいとおもうもんねー。いいアイデアだとおもうのに、すみごんが「だめだめ」だって。

ふくは、このあいだ2さいになったもんね。「はなもはじらうおとめ」だもんね。でも、うちのおっさんはこのごろとってもしつれいないことばかりいうもんね。「でぶ」とか。おんなのこに、そんなこといっちゃいけないんだもんねーだ。それに、すみごんは「でぶのほうがかわいい」っていってるもんね。がりがりねこなんて、かわいくないもんねーだ。

そのてん、ふくはとってもかわいいもんね。このあいだ、たいじゅうをはかってもらったら、ふくは6.1キロあったもんね。ダイスケは5.4キロだったもんね。やっぱり、ふくの「かち!」だもんねー。でも、さいきん「おんなのこで6キロはおもすぎるかも。からだのために、ダイエットしたほうがいいかも」って、すみごんまでがいいだしているもんね。ふくは、すききらいなくなんでもたべるえらいこなのに。ダイエットなんていやだもんね!

ふくはパンがすきだもんね。とくに「くろわっさん」っていうのがすきだもんね。ばたーのにおいがたまらないもんねー すみごんたちがあさごはんで「くろわっさん」をたべていると、ふくは「あついしせん」でじーーーーっとみているもんね。すみごんはふくの「あついしせん」にたえられなくなって、すこしわけてくれるもんね。まるまる1こくれてもいいけど、それはちょっとむりだもんね。

さいきん、ふくがとってもきにいっているのは、「しょうゆ」がはいっていただんぼーるだもんね。ちいさい「びん」がふたつはいっておくられてきたらしいけど、それがふくのサイズにぴったりだもんね。だんぼーるのなかにはいってねていると、「かわいいこねこちゃん」にもどったようなきがするもんね。

ダイスケは、このうちにきたときにつかっていた「だんぼーるはうす」がいまでもおきにいりで、てーぶるのしたにおいてある「だんぼーるはうす」にいまでもはいってねているもんね。このごろあつくなってきたのに、あいつはくらくてあつくるしいところで、ぴーぴーねているもんね。「なんであんた、あんなあつくるしいところでねているの」ってきいたら、「だって、ぼく、ここがおちつくんだもん」っていってたもんね。へんなやつだもんねー

ちゃしろのばーちゃんは、さいきん、また「ペットクリニック」かよいがはじまったもんね。うんちがでないんだってさ。ふくはまいにち「かいしょくかいべん」だもんね。それに、ふくはちゃんと「ねこずな」でうめるもんね。ふくとトイレをいっしょにつかっているダイスケはうめないもんね。だからいつもふくが、ダイスケのぶんまでうめているもんね。まったくせわのかかる「こぶん」だもんね。

くろっぽいばーちゃんは、こそこそしているくせに、たべるときはがつがつげんきだもんね。あさは「ごはんくれー」って、ダイスケとこうたいごうたいでうるさくないているもんね。いくらうるさくないたって、すみごんがきめたじかんにならないともらえないのにさ。ふくはそれをしっているから、じっとおとなしくまっているもんね。すみごんが、「ふくちゃんは、やっぱりかしこい」とほめてくれるもんねーだ。

らいげつは、ときどき「だんぼーるはうす」のあつさにたえきれず、でてきてびろーんとのびているダイスケのばんだもんね。いまでも、くろっぽいばーちゃんをときどきおいかけておこられているけど、「はんさむ」「かっこいい」とすみごんからいわれて「とくいがお」してるときがあるもんね。「しょうしんもの」のくせに、なまいきだもんね。

あ、それから、すみごんがいってたけど、9がつ6にちが「まつざきしげるのひ」になったらしいから、そのひはカメがぶろぐをかくらしいよ。あいつもさいきん、「めしくれ!」ってうるさいもんね。「おおもの」はふくみたいに「ふげんじっこう」じゃなくちゃだめだもんね。カメも「こもの」だもんねーだ。おしまい。

ちょっとまえまでは、この「つめとぎさーくる」がすきだったもんね

きぶんはいつも「かわいいこねこちゃん」だもんね!

| - | 07:01 | comments(2) | - |
なっちゃん

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・・・初めて会った日のなっちゃん(再掲載)。若いね!・・・

なっちゃんはね、薺(なずな)っていうんだほんとはね。

だけどかわいいから、みんながなっちゃんってよぶんだよ

さびしいな なっちゃん

 

りきの毎日でおなじみの、りき家のなっちゃんが亡くなったそうだ。昨年秋のことだという。りきさんは猫が亡くなってもたいてい半年くらい経過してからブログで報告してくれるから、そのこと自体はさほど驚くことではなかった。が、まだ8才だったと知り、つくづく惜しまれる。

私がはじめてりき家を訪れたのは2012年3月14日。5年ほど前になる。その時一番歓迎してくれたのが、なっちゃんとよっちゃん(蓬くん)。遡って計算すればその時なっちゃんはまだ3才で、元気盛りの若猫だったということになる。見知らぬ人にも怖けることなく近づいてくるのは、家の中で生まれて怖いもの知らずということもあろうが、もって生まれた性格もあると思う。

一昨年お邪魔した時にも、なっちゃんは相変わらず素晴らしい接待ぶりで、家人になついて喜ばせていた。一緒に生まれたレンくん(蓮くん)と一緒に、持って行ったオモチャでよく遊んでいた姿を思い出す。まだ8才だったのか・・・

家猫の平均寿命は2016年時点で15.04才だという(日本ペットフード協会調べ)。外に出さない猫は15.81才、外に出す猫は13.26才ということだ。一昨年あちらに行ってしまったわがゴンは16才だったので、まあまあ平均寿命だったといえる。

しかし、人間だって壮年期に突然体調をくずして他界、というケースが珍しくない。猫の8才は人間でいうと48才くらいらしいから、ナイスミドルまっさかりの年齢。しかし、病には勝てないこともある。今は、それぞれ与えられた命を精いっぱい生きたと思うほかない。

先月、実家に最後まで残った猫が亡くなった。うちのまめこと同年齢だから12才だった。猫もオスの方がどちらかというと短命だが、嫌がることはさせたくないということで獣医にも行かずじまいで徐々に弱っていった様子を聞いていたので、その死にはちょっと納得できないものもある。が、飼い主の判断なので口を挟むべきではないのだろう。

なっちゃんは猫たちの間でも人気者で、他の猫を引き寄せていつも猫団子の中心だったという。そういう猫がいなくなると、ひときわ淋しさが募るのではないかと思う。なにかが足りない・・・そんな感じだろうか。

そろそろりき家の猫軍団にお目にかかりたいと思っていた矢先の訃報だった。なっちゃんがいなくなってしまったのはとても淋しいが、今ごろはあの世で母のオウちゃんと再会していることだろう。ご冥福を祈る。

| - | 06:42 | comments(0) | - |
タチアオイ

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先週のPHOTO WEEKでタチアオイを取上げ、「好みの範疇からはずれるが」と書いた。嫌いな花というものはほとんどなきに等しいが、好みの花ということになると「小さめ、白、一重」を最上としている。また、バラの場合がそうであるように私は「花」のみに注目せず、全体像を見る。樹型や草姿、葉のかたち、つぼみの様子、それらを総合的に見た上で好みというものが決まってくる。

花の色だけにスポットを当ててみると、赤やピンクの花はたいてい好みからはずれる。多く人が特段好きであろうが、時として穏やかな気持ちで見られないことがあるからなのかもしれない。赤は強すぎ、ピンクは甘すぎてべたつく・・・そんな感じ?

しかし。例外はもちろんあって(直感による好みなのでなおさら)、タチアオイには不思議な魅力を感じている。放置しても枯れることがなさそうな猛々しい姿も、安っぽい色紙のような色も何故かマイナスイメージを持たせずかえって好ましい個性に思える。真夏になる前の、変わりやすい天気など関係ないというかのように堂々と咲く姿はある意味爽快ですらある。

個人的な感覚だが、この花は単独で見るよりも群生しているところがいいと思う。種が飛んで道端で咲いている一株もよく見かけるが、私はある程度まとまって咲き誇っている姿を見るのが好きだ。この花の名所はないかと探してみたが、あまりにありふれているためなのか見つからなかった。ターシャの庭にはかなり植えられていたようだが、国内のいわゆる「ガーデン」でも群生して咲いているのだろうか。

日本的とは言いがたいタチアオイではあるが、来歴は以外と古いらしい。外来の植物によくあるように薬草として渡来、とあるが果たしてその時の植物が今見るタチアオイかどうかは不明だ。もっと地味な花だったのかもしれないと思う。それが改良されて「花葵」とも呼ばれる今のかたちになったのではないだろうか。

「どこかなつかしい」とも書いたが、それはこの花が子どものころ学校でよく作った薄紙の花を連想させるからなのかもしれない。色とりどりの薄紙を数枚重ねて屏風畳にして中央を輪ゴムで止め、紙を広げて作るあの花だ。何かのイベントの時にみんなで作って教室を飾ったりした、あの花である。今もあのような花は作られているのだろうか。

また、亡き父がこの花を「コケコッコー」と呼んでいたことも思い出す。「コケコッコー」とはむろんニワトリのことだが、この花のどこがニワトリなのか理解できなかったが、調べてみると北海道限定の呼び方らしいことがわかった。赤やピンクの花をとっておでこや顎に付け、「コケコッコー!」と言う遊びがあったらしいのだ。「コケコッコー花」で検索するとけっこう出てくるから、北海道では珍しいことではないのだろう。

放置されている畑やいつ家が立つのかわからない空き地などを見ると、私はタチアオイを群生させてみたくなる。向日葵やコスモスを群生させて観光資源にしているところがあるのだから、タチアオイでやってもいいような気もする。誰かやってくれないかなぁ。

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| - | 05:47 | comments(0) | - |
浜離宮にて

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昨日は私の誕生日、そして父の日だった。父の日でなくても時々思い出して「父がまだ生きていれば」と思う。街を歩いている時、自転車で近所を走っている時、父に似た背格好の人を見れば元気だったころの姿を思い出す。母は今年いろいろあったがなんとか乗り越えて元気にしており、それはなによりのことと思う。が、私は死ぬまで「父の娘」であり「母の娘」ではない、と思う。

父の日の前日、実家に行ったら妹が昔の写真をごっそり出してきた。いずれ整理しなくては、ということですぐに元あった場所にもどしたが、私が高校生だっった時に自分で作ったアルバムなどもでてきてなつかしいひとときを過ごした。かなり古い写真もあって、その中で一番気に入った父とのツーショット!を二葉持ち帰ってきた。

小さな写真である。 縦8センチ、横6センチほどなので35ミリフィルムを使ったものではないだろう。写っている部分はほぼ正方形で下の方に余白がある。一葉には「S32.9 浜離宮」と書かれており、一才の私と父が写っている。浜離宮は父と母が結婚前によくデートした場所らしい。

昔見たアルバムには父と私が2人で写っている写真がけっこうあった。母が生まれたばかりの妹の世話に追われている時、父は私を連れていろいろなところに行った、と親類からも聞いたことがある。母を思いやったのか、下の子が生まれておもしろくなさそうな私を慰めたかったのか、それとも別の理由があったのか、今となっては知る術もない。

しかし、写真に添えられた日付は私が一才の時を示している。妹と私は二才半違うので、写真を撮った時はまだ生まれていないことになる。父と母が私を連れて思いでの浜離宮に行ったのだろうか。そうだとしたら、なぜ母と私が写っている写真がないのだろうか。普通夫婦が子連れで出掛けたら、母親と子どもの写真も撮るだろうに。

もしかしたら、父は母ではなく他の誰かと行ったのかもしれない。もしくは2人だけで行ってタイマーを使ったのかも・・・昔のカメラだから扱いも今ほど簡単ではなかっただろうから、母にはちょっと無理そうに思えるし・・・などと、いろいろ想像してみたがもはや当時のことを覚えている人はいない。

一才のころなので、もちろん私には記憶が全くない。しかし、こうした写真を見るたびに、自分が父親に十分愛されて育ったことはよくわかる・・・というよりも、写真がなくても感覚として自分の中にそうした思いはあるのだが、それを目に見えるかたちで確認できて嬉しくなる。

私が自分の意思で浜離宮にはじめて行ったのは、割と最近のことだ。その後浅草から船に乗って浜離宮で降りたりしたことが数回あったが、今の今まで父が幼い私を連れていっていたということを知らずにいた。写真は見ていても添えられている文章までは覚えていなかったのだろう。

私は隅田川が好きで、これからも日の出桟橋から出る船に乗って出掛けていくことが何度かあるだろう。次に浜離宮で降りる時には、この写真のことをきっと思い出すだろう。父が逝ってもう20年以上の年月が流れたが、このところ父のことを思い空を見上げることが多い。

| - | 07:18 | comments(4) | - |
PHOTO WEEK・・・ミナヅキノハナ<7>

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小さめの花なので、これはコクチナシだろう。この花を見ると、映画「旅情」を思い出す。花が傷みやすくすぐに変色してしまうのが残念だが、気品ある香りは記憶の中に漂っている。クチナシの学名はGardenia jasminoides。ジャスミンのような香りということだろう。

| - | 05:52 | comments(4) | - |
PHOTO WEEK・・・ミナヅキノハナ<6>

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アガバンサスは咲きはじめたばかり。涼しげな色で街を彩る。agape(愛)、 anthos(花)が語源だそうだが、アガパンサスというのは属名で、アガパンサス属のムラサキクンシラン(Agapanthus africanus)が正式な名前。名前の通りアフリカ原産だが、日本の梅雨にしっくり似合っている。

| - | 11:28 | comments(0) | - |
PHOTO WEEK・・・ミナヅキノハナ<5>

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6月の声を聞くと咲きはじめるタチアオイ。夏祭りの素朴な花飾りを連想させる大きな花がひときわ目を引く。好みの範疇からはずれるが、なつかしさを感じる不思議な花だ。

| - | 06:42 | comments(0) | - |
PHOTO WEEK・・・ミナヅキノハナ<4>

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ぽってりしたハルジオンを追いかけるようにして咲くヒメジオン。こちらは、すらり、すっきり。雑草扱いを受ける地味な花だが、見かけるとつい近づいてしまう。美しいものは、どこにでもある。

| - | 04:56 | comments(0) | - |
PHOTO WEEK・・・ミナヅキノハナ<3>

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六月に咲く花の中には、何故か「白昼夢」を思わせるものがある。コヒルガオもそのひとつだ。淡く儚げな花をじっと見ていると、夢と現の境目を彷徨っているような錯覚に陥る。

| - | 04:54 | comments(0) | - |
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