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22日は猫に語らせる日・・・9月担当:みかん

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みなさん、おはようございます。みかんです。9月ももうすぐ終わりですね。これからどんどん寒くなると思うと少し憂鬱です。あたしはもう「年より」の域に達していますから(15才。人間なら70代後半)、寒いのはイヤなんですよね・・・

先月はゴンがお盆に里帰りしてきて、久しぶりに会いました。こっちはどんどん年をとって体も衰えてきているというのに、ゴンは元気いっぱいでした。羽根がピカピカ光っていたので褒めると、「オイラの羽根はあっちの世界でもかなり評判にゃ!」と自慢していました。相変わらずノーテンキでのほほんとしていましたが、帰る時に「体をたいせつにして、もっともっとがんばって生きるにゃ!」と柄にもなく励ましてくれました。あっちの世界に行くと少しは成長するのかしら。でも嬉しかったです。

あたし、今年の春あたりからちょっと調子が悪くて病院に行ったら、腎臓が悪いって言われました。ふたつある腎臓のうち、ひとつはほとんど役割を果たしていなくて、残りの方も弱っているとか。ちょっとショックでした。食欲もなくて脱水してきたので入院することになりました。点滴をずっとつけたまま5日間入院したんですよ。生まれてはじめての経験なので心細かったけれど、隣のケージにアメショの男の子がいていろいろおしゃべりできました。淋しくてたまらないらしく、ちょくちょく「おばちゃーん!」と呼びかけてくるの。眠い時はちょっと鬱陶しかったけれど、かわいかったわ。

入院して点滴を続けたからか、だいぶよくなりました。でも、元には戻らないから、今では腎臓病用のカリカリをメインに食べています。腎臓病用のはけっこうおいしくて、今迄のカリカリ(便秘用)より気に入っています。座布団みたいな形をしていて、なかにおいしいのが入っているんです。ふくが「ふくにもちょうだい」って時々言うけど、ふくに分けていたらすぐになくなってしまうので断っています。ふくは食べられそうなものなら何でも欲しがるから断ってもちっともふてくされたりしません。すみごんは、そんな素直なところがいいって言っていますけど、どうなのかしら。

まめこは相変わらずですが、少しずつダイスケに攻撃に慣れてきて、時々反撃できるようになりました。そのせいか、ダイスケったら時々腹いせに私にちょっかい出してくるのよ。あたしは細かいことはあまり気にしない方なので仕方ないなぁと思うくらいですが、ダイスケももう少し大人になればいいのにって思います。

ふくも相変わらずです。相変わらずデカくてまっしぐらです。少し涼しくなったので、エアコンが効いている部屋より階段でよく寝ています。体が大きいので階段一段分を全部使ってしまうので、夜中にすみごんがトイレに起きた時など踏みそうになるって言っていました。ふくなら踏まれても大丈夫でしょう。どっちかっていうと踏んだ方が階段から落ちてしまいそうです。

時々、「後足びろーん」をやってすみごんを嬉しがらせています。ゴンの得意技だったから。でも、ふくのはまだまだ美しくないです。体形の違いもあるけど、ゴンのびろーんはすらりとしてきれいだったし、持続時間が長かったです。ふくはすぐに止めてしまうので、すみごんは残念がっています。でも、なんでふくがびろーんするのか・・・妙なところがゴンに似ているもんです。

最近わが家では、すみごんとおっさんが「グラン(大きい)」と「プチ(小さい)」で猫の性格を言ったりしています。あたしは、体はプチで心はグラン。まめこは体も心もプチ。ふくは、体も心もグラン。ダイスケは体はグランで心がプチ。よくもまあ、みんな違っていること!でも、だからおもしろいんですよね。

来月は最近おっさんにもすり寄っているまめこの番です。おっさんは(っていうか男のひとってそうだと思うんですが)ツンデレに弱いのよね。今日も「今朝はまーちゃんが、オレの隣でくねくね、ごろんごろんした!」と嬉しそうに報告していました。まめこは、自分だけいつもかわいがってもらいたいので、すみごんだけでは物足りなくなってきたのかもしれません。まめこはけっこう欲張りだとあたしは思いました。

ついこの間、すみごんのお友だちの家にいた「ハナさん」が23才で亡くなったと聞きました。23才!すごいですね。とてもやさしくておっとりした猫だったとすみごんが言っていました。毛色はあたしと同じ茶白です。「茶白の猫はみーんないい子だよね」ってすみごんがそっと言っていました。そしてあたしに、「みかんもハナちゃんくらい長生きしてね」って。あたし自信ないなぁ。でも、ゴンにも励まされたし、わが家の猫のリーダーとしてできるだけ長生きしようと思っています。

そろそろ気温が下がってくるので、みなさんも風邪に気をつけてお元気で。みかんでした。

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PHOTO WEEK・・・川を往く〜いちにちゆらり旅〜<5>

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雲といい、鴎といい、まるで真夏のように明るい風景。かなり暑いが、船旅日和だったのは間違いない。

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PHOTO WEEK・・・川を往く〜いちにちゆらり旅〜<4>

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川を往くと様々な鳥たちを見ることができる。鵜、ユリカモメ、サギの仲間たち・・・こちらは、ちょっと一休みしているシラサギくん。

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PHOTO WEEK・・・川を往く〜いちにちゆらり旅〜<3>

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隅田川と荒川を仕切る水門。こちらは以前使われていた旧岩淵水門で「赤水門」とも呼ばれているそうな。すぐ近くに現岩淵水門があり、そちらは「青水門」。塗装の色によるニックネームだろう。私は古い方が好き。橋だけでなく、水門もいくつか見ることができるクルーズは楽しさいっぱい。

こんなサイト、見つけた!

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PHOTO WEEK・・・川を往く〜いちにちゆらり旅〜<2>

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隅田川沿いで見かける高層建築は、“マンション”というより“団地”といった方が似つかわしい。河口付近の高層マンション群よりも、私は好きだ。3階以上に住む気持ちは全くないが、川を見渡す暮らしに憧れる。川にはいつまでも眺めていたい魅力がある。

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PHOTO WEEK・・・川を往く〜いちにちゆらり旅〜<1>

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両国を午前9時に出発した船は隅田川を遡る。足早に通りすぎる人が行き交う駒形橋。すぐ向こうに吾妻橋が見える。

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「光る砂漠」

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光る砂漠

影をだいて

少年は魚をつる

 

青い目

ふるえる指先

少年は早く

魚をつりたい

 

詩集「光る砂漠」に入っている「少年」という詩。作者は矢沢宰。「矢沢宰賞」という賞があるので、詩に詳しい方ならご存知かもしれないが、一般的にはさほど知られていないのではないだろうか。それもそのはず、作者は1966年にわずか21才であちらの世界に行ってしまったし、詩集は死後編まれたものだからだ。

この詩集に出会ったのはいつごろだったのか。相当昔である。中学生のころか、高校生になってからか。なにかで詩の一遍を読み、心を動かされたので詩集を買ったのだと思う。当時買った詩集は手を離れ、だいぶ年月が経過してから思いだしたようにまた古書で入手した。

矢沢宰は21年の生涯をほとんど病院で過ごした人である。8才で腎臓結核を発症、右腎摘出手術を受けるも残った左腎臓にも結核に冒され絶対安静の日々が続いたという。14才で詩作を始め、ほぼ同時に日記をつけはじめたようだ。病である身のはがゆさ、希望と失望、淡く切ない恋・・・自分の内面を見つめながら、7年の間に綴った詩は500篇を超えたという。

先日ふと本棚を見回していて、この「光る砂漠」と日記である「足跡」が端の方に収まっているのに気づいた。そして、詩を愛する人が集い、なにより詩集の自費出版を多く手がける七月堂さんに送ろうと思った。私が持っているよりもふさわしいと思うし、だいぶ前の本だが多くの人に手に取ってもらいたいと思うからだ。

その前にざっと読み返してみようと思いページを繰った。14才から21才という最も感受性が強いと思われる年齢で作られた詩は未熟な印象もあるが、それゆえのみずみずしさ、清らかさもある。同じくらいの年齢で私が読んだ時の印象はもっともっと鮮やかだったはずだ。私も詩らしきものを時々書いていたので共感する部分も多かったに違いない。

ただ、私は十分に健康であり漠然とではあるが将来への希望も確かにあった。しかし矢沢宰は一時退院をして通学しはじめたもののまた病院に戻り、常に自らの死を見つめていた。そのような人生は想像が及ぶ範囲を超えており、詩を読みながら私は時々途方にくれたように立ち止まった。そして、ただひたすら言葉のみを、詩のみを鑑賞しようと思った・・・と思う。なにせはるか昔のこと。

私が気まぐれに書いていた詩は、果たして詩だったのか。しかし、詩とは一体何だろうか。そんなことがぐるぐる頭の中を巡る。たぶん納得いくような答えはでそうにないが、詩集に入れられた54篇をひとつずつゆっくり読んでいる。読み終わったころ、この詩集は私の手元を離れていく。

秋は透明な

薄いむらさきだ

むらさきの秋は

騒がしいものを寄せつけない

体の透きとおる人をだけ

そおっと淋しくなでるのだ

むらさきの中では

淋しがりやだが

強い死なない人だけが

首をたれて

落葉をハラハラと浴びるのだ

(「光る砂漠」より「秋」)

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| - | 05:28 | comments(0) | - |
ふたたび、ゆらり。

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昨年11月に友人と参加した東京水辺ラインの「いちにちゆらり旅」にまた出かけてきた。前回は団体さんが2組もいてかなり賑やかだったのがちょっと惜しかったが、内容そのものには大満足。今度は春に、と思ったがなかなか都合がつかず・・・今月はじめにふと思い立って予約したのだった。今度の連れは家人。

台風18号が接近しているとのことだが、影響があるのは週末以降ということで安心して出発。最初は曇りがちだったのだが、途中からかなり晴れて夏のような陽気だった。今回は運良く団体さんがいなかったので、座席もゆったり。が、私は座席にいることよりデッキのあがっていることの方が多く、昨日一日でかなり紫外線を浴びたと思う。シミの元がまた増えてしまった・・・でもいいの。今さら気にしてもしかたないし、好きな事を夢中でやっている方がいいの。

二度目とあって少し落ち着いた気持ちで周囲の風景を眺めることができたかもしれない。川の風景はいつ見ても心休まる。次から次へと現れる橋もそれぞれ個性的でいいし、川沿いのマンション群やら工場やら公園やらも川の上から見るといつもと少し違ってみえる。土手から手を振る子供たち、一人ボールを蹴っている人、自転車を停めて川を眺めているおじさんたち、工事現場で働く人たち・・・いろいろな人の生活をかいま見ることも楽しみのひとつだ。

前回も感じたことだが、東京港に出た時の開放感はかなりのものだった。夏の名残がまだ残る中、視界いっぱいに水が広がる風景というのはかくものびやかなものなのか、とあらためて感動した。東京も捨てたものじゃないね、と言いたくなる一時。葛西臨海公園の大きな観覧車、遠くにディズニーシー、東京ゲートブリッジやレインボーブリッジ、大きなコンテナ積み出し港・・・そしてそして、私が大好きなガントリークレーン群。さすがにワクワク、ドキドキしてしまった(^^;)

今回は橋や岸辺で見かけた標識が気になった。道路には道路の標識があるが、川には川の標識があるという当たり前のことなのだが、普段見慣れないので何を意味しているのかわからなかった。よく見かけたのは赤い正方形に波のようなものが描いてあり、斜線が入っているもの。なにかを禁止しているのだろうくらいは想像つくのだが。調べてみたら、これは制限速度の標識らしい。航走波による自然環境や係留されている船舶などへ支障をきたさないよう減速せよ!というマークのようだ。ふーん。ひとつおりこうになったぞ。

船の中にはいろいろなフライヤーが置いてあったが、“専門家とめぐる「橋の展覧会場」隅田川の橋梁群”と“10月のナイトクルーズ”(レインボーブリッジ周遊便)がかなり気になる。隅田川の橋はどれも魅力的だし、橋の夜景を見る機会はなかなかないし・・・うーん、行きたいけど・・・どうしようかな・・・としばし迷ったが思い立ったが吉日ということで先ほど予約。今度はお一人様で参加。

*「東京 橋のポケットマップ」、買っちゃった!

*全390橋収録だって。おもしろそう!

*写真は来週のPHOTO WEEKで。

(追記)

*facebookでアルバムを作りました。こちら

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| - | 07:06 | comments(0) | - |
ついていけるか、いけないか。

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何をするにしても機械を使わなければならない時代になった。パソコンしかりスマホしかり、家電だって立派な機械だし、銀行や郵便局のATMだって機械だし・・・映画を観るのも今やシネコンなどでは「自動発券機」を使わねばならなかったりするし。パスモを持ってからというもの駅の自動券売機を使わなくなり、たまーに使う必要があると(パスモ忘れたなど)しばし機械の前で戸惑ったりする。

先日、シンポジウムの予約をする時も少しまごついてしまった。WEBサイトで予約し参加代金をカード決済するところまでは何ということもなかったのだが、受付で予約をした旨伝える手段がスマートフォンのアプリを使うというものだった。

まずアプリをダウンロードし、ログインし、チケットページを探して予約した証拠のGRコードを確認する。それだけのことなのだが、内心「うひゃー面倒だなー」と思ってしまった。電話で名前を伝えて当日受付で手続き、という具合にはなかなかいかなくなってきている。ある程度社会的な活動をしていこうと思うなら、時代の趨勢についていかなくてはいけない状況に直面するわけだが、果たしていつまでついていけるのか。いや、今だってついていけているのか。

頑固一徹に旧来の方法にこだわるのも、その結果被るものを覚悟しているのであればそれはそれでいいと思う。なにがなんても今時のやり方に合わせる必要があるとは思わないし、無理するにも限度があるだろうし。なにも神経質になるほどのことはないと思う。

その一方で、ある程度自分に無理というか新しいことにチャレンジする課題を与えることにより、自分の世界が広がっていくことに期待する気持ちもある。要は、やりたいことなら少しくらいの苦労は仕方ないと割り切っている。最初から諦めるのではなく、ある程度試みてみてどうしてもダメなら諦めればよい。

少し前のことになるが、久しぶりにTSUTAYAに行きDVDのレンタル手続きをするのに少々手間取った。以前なら対面で行っていたが今では機械を使って借りる人が自分で手続きをすることになっている。一度店員の人に教えてもらいながらやったことはあったのだが、それから半年以上経過していてほとんどやり方を忘れていた。

TSUTAYAのカード、商品のバーコードを読み込ませた上で画面でレンタル期間を設定し、料金を払い、レシートを受け取って商品を持ち帰る。まずバーコードを機械のどこで読み込ませるのか忘れており、しばし苦戦。「バーコード読み取り口」などの表記をしておいてくれればいいのだが、何も書いていないので???である。

店員に聞こうかとも思ったが、後ろに誰も並んでいなかったので自分であれこれ試してみてやっとわかった。無事手続きを終えて商品を持ち帰ったが、右往左往している自分を思いだすと少し恥ずかしく、またなんだかおかしかった。次に行った時もまたうろたえるのかもしれないが、「なかなかついていけていない自分」を確認しながらおもしろがるのもまた一興かと思った次第。

どの時点で、何に対してギブアップするかわからないが、それまでは多少みっともなくても自分でなんとかやってみようと思う。もはや気取っている年齢でもないしね。

| - | 05:14 | comments(2) | - |
煽られてはいけない

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・・・猫にならだまされてもいいかなぁ・・・

懸念されていた9日のミサイル発射がなかった云々といまだに北朝鮮のニュースがあれこれ伝えられている。ワイドショーではコメンテイターと称する人たちが本当に自分の見解かどうかわからぬ発言をしている。時折政治家(政治屋?)が出てきてもっともらしいことを言い、北朝鮮方面に詳しいと言われるマスコミ関係者も持論を述べたりしている。みんな、ギャラをもらって。

数日前、ネットニュースで異様な写真を見た。小学校で北朝鮮ミサイルに対応する訓練をしている光景だ。銀色の防空頭巾(ひー!)をかぶって頭をかかえてうずくまっている子どもたちの横で教師とおぼしき大人が指導らしきことをしている。核ミサイルが落ちたら、うずくまる姿勢も身を守る頭巾もほとんど用を成さないような気がするが・・・

ミサイルに関する街頭インタビューをしている様子もテレビやラジオで見聞きした。街を歩く人たちもいろいろだが、政府やマスコミほどうろたえていないように思えた。平和ボケしているのかもしれないが、広島や長崎に落とされた原爆のはるか上をいく威力を知れば、慌てて行動しても無意味なのではないかとうっすらとわかっているのではないだろうか。

一番騒いでいるのは首相をはじめとする政治家たちやマスコミで、国民をある方向に誘導しようとしているのではないかと思うことがある。北朝鮮の脅威を声高に言うことによって、軍備補強を正当化し、「戦争ができる国」「戦争をする国」になることに共感を覚えさせようとしているのでは?

黒電話のような髪形をしている人は、相変わらず強気の発言をしているが、大国を手玉にとるようなやり口を見ていると案外冷静に計算しているように思える。ただの脅しに見えなくもないが、かといって短絡的な行動をとるようにも思えない。国連安保理が一枚岩ではないことを十分知った上で、最も効果的な自己主張をしているように見える。

そんな相手に対して「制裁」を叫ぶ一方ではどうにもならないのではないか。草を食べてでも核を開発すると言われた国である。目には目を、では事態は悪化する一方なのではないかと懸念される。私たち国民は、誰が何を言っているかを冷静に観察し、自分なりに分析する努力をしていかなくてはいけないように思う。情報が錯綜し判断は難しいかもしれないが、したり顔で物を言う人たちに煽られてはいけないのだ。

件の写真の異様さは、「大本営」を信じて疑わず「鬼畜米英」に対抗するために竹槍訓練などをしていたころを連想させたからかもしれない。地震や火災を想定した訓練ではないのである。ああいった訓練を教育現場がまっさきに取り入れる事態が私は怖い。

作家・林京子は1999年にニューメキシコ州のトリニティ・サイトを訪れている。そこは1945年7月16日、アメリカが世界ではじめて核爆弾の実験を行ったところだ。広島に原爆を投下する直前で、使われたのはプルトニウム爆弾だったらしい。当時アメリカはウラニウム爆弾1つ、プルトニウム爆弾2つを持っており、実験には2つあったプルトニウムのうちのひとつを使った。残ったものはそれぞれ広島と長崎に落とされたということだ。

トリニティ・サイトは日を限って見学が許可されていたという。核爆弾実験場であった場所へ入るまで厳しいチェックがあり、渡された小冊子には入った時の放射線量がきちんと書いてあり、自然界で一年間に受ける放射線量も記載され、実験場に入るか入らないかを自分の責任で判断するように求められる。きちんと説明した上で、個人の責任に任せる。アメリカは原爆を落とした国ではあるが、この個人をたいせつにする姿勢は林をむしろ解放したという。「ただちに健康への影響はない」云々で国民をバカにしたどこぞの国とは大違い。

また、林は東日本大震災で福島第一原発が事故を起こした時のことについて触れている。様々な報道がとびかう中、納得できないものがあったので知りあいの医師に電話して聞いたという。被爆者であり被爆者の治療を続けてきた医師に、近隣住民に対する避難指示についての疑問をぶつけた。

日本政府の指示は、原発の20キロ圏内に居住する人たちは強制退去、30キロ圏内は退去勧告だった。しかしアメリカは80キロ圏内に住んでいるアメリカ人全員に退去を勧告した。この違いは何なのだろうか・・・林は疑問を感じたという。医師はこう即答した。「人の命、人権に対する認識の違いです」と。

つまり、日本の政府は国民の命を軽く考えているということである。これは常々私も感じていることであり、そんな政府の言いなりになってたまるかという気持ちが、あの事故以来根強く身のうちにある。

北朝鮮の核ミサイルに対する恐怖は私にもある。が、無闇に慌ててもいいことはないと思う。こんな時代だからこそ、先の戦争で被爆した人たちの話に耳を傾ける必要があると思うし、あの時国がなにをしてきたかを知る試みをしなければならないと思う。

また、何度も触れているが、伊丹万作の「戦争責任者の問題」についても再度考えていかねばならないだろう。「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」という過激な発言には賛否両論があると思うが、政府やその意を酌むマスコミを盲信していればそう言われても仕方ないようにも思う。自分たちのことは自分たちが考えて決めなければ・・・そのためには批判力、思考力、判断力を常に保たねば、と自分に言い聞かせる日々である。

*11月の「小三治・三三親子会」のチケット、抽選で当ったぞ!

*もちろん有料だけど小三治さんはほとんどチケットとれない。今から楽しみ〜

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