
ご記憶の方がいらっしゃるかどうか不明だが、2006年8月14日、私たちは1匹の猫を保護した。
私たちが住むマンションは4階建ての3階だが、2階の踊り場に突然現れたその猫はガリガリに痩せていたが人懐こく、見るに見かねて取り合えず保護して獣医に連れて行った。痩せているだけでなく、前身から異様な臭いを放っていたが、それはひどい歯肉炎を起していたからだとわかった。
あまり期待はしていなかったが、とりあえず迷い猫を保護している旨のチラシを作り近所の電信柱などに貼り様子を見た。案の定何の連絡もないまま時間は過ぎ、明らかに飼い猫であったであろうその猫をどうしようか私たちは迷った。
獣医で検査してもらったところ、歯の本数が普通より少なく生まれつき成長が悪かったのではないかということと、猫エイズのキャリアだということだった。飼い主の申し出がなかったらやむなくうちの猫にするほかないかと思っていたが、エイズが気になった。わが家にはすでに3匹の猫がおり、その猫たちを感染の危険性にさらすのはいかがなものか。
今でこそ猫エイズもひどいケンカなどでかみ合わなければ感染の危険性は少ないということを知ったが、それでも危険性がわずかでもあれば避けたいというのが私たちの心情であった。が、だからといって点滴で元気は出たものの以前のような野良生活に戻すのは心もとない・・・というか心配で仕方ない。様々な思いに悩んでいたところ、救いの手が差し伸べられた。
家人のお母さんが引き取ってくれるというのだ。都内の一戸建てにお住まいで庭に住み出入する猫はいるものの完全室内飼いの猫はおらず、猫をきらしたことがないこともあり「仕方ないねぇ」ということで受け入れてくれたのだと思う。よぼよぼの年寄り猫を押し付けたようで恐縮するばかりだったが、歯の治療をするため一日入院したら実はまだ去勢されておらず予想外に若いのではないかということがわかった。
歯肉炎の治療をし去勢手術をしてから新しい飼い主の元に向かったその猫は、じーさんのようだけど意外と若いということで「じー坊」という名前をいただき、箱入り息子のように大切に飼われた。うちにいたときは本当にガリガリで死にそうだったのに立派な体格になり、私たちは多いに安心したものだった。
平和な年月が流れ、私も一度は会いたいと思いつつそれが果たされずにいたころ、突然じー坊の顔が腫れ始めた。すぐに獣医に連れて行ったが原因がなかなか判明せず、精密検査専門の大きな病院に連れていって検査をした。
病名を正確に把握していないのだが、リンパ腫だったか骨肉腫だったか、なかなか難しい病気だとわかった。確たる治療法はなく様子を見るしかないということだったが、奇跡的にじー坊は持ち直し元気に過していたのだが・・・
今年に入ったころだっただろうか、また以前のような症状が出始めて今回はなかなかよくならなかった。携帯で撮った写真を見せてもらったが、目の上が晴れ上がりまるでお岩さんのような面相になっていた。それでも愛嬌のあるじー坊は若い医療スタッフに会うと歓び、おとなしく診察を受けていたという。何度も通っていることもあり獣医のところでも人気者であったらしい。
先月くらいから、病状は重くなる一方で一日おきに点滴を受けに通うようになった。体重も私たちがはじめて出会ったころくらいに軽くなってしまい、食べ物は受け付けずもう長くないと思われた。それでも、できるだけのことをしようということで家人は獣医に連れて行き続けていた。
今日は私はアルバイトの日で、8時前に家を出て不在だった。その間にお母さんから連絡があり、今朝じー坊が息を引き取ったとのこと。家人は代々の猫をそうしたように庭に埋葬しに行ってきたそうだ。
保護した当初しか私はじー坊を知らないから、ショックは家人と較べようもないと思う。それでも、ガリガリに痩せた身体で膝に乗りたがり、人に会えて嬉しいという気持ちを精一杯伝えようとしていた姿を思い出すと涙が出る。あのままでいたら、もっと早く召されたと思うが、それでも一度縁があった命が消えるのはとても悲しい。
猫も人も、いや命あるものすべてが寿命というものを持っている。皆が同じ時間を与えられているわけではない。不慮の事故で命を落とす者もあれば、どうしようもない宿痾に倒れる者もある。残された者たちは、それを静かに受け入れる他はない。
人間以外の動物はすごいなと思う。痛いとか苦しいとか辛いとか訴えることなく、精一杯与えられた命を生きている。死にたいとかもうだめだとか弱音も吐かずに。人間だって時には捨てたものじゃないと思うが。
私はじー坊にほとんど何もしてやれなかった。できることといえばずっと忘れずにいることしかないと思う。じー坊、よくがんばったね。辛かったのにずっと人間を信頼し、人間の心を癒してくれたね。苦しみから解放されて、虹の橋で誰かを待っているところかしら。それが誰だかわからないけれど、今は穏やかな気持ちでいられるよね。会いたかったけれど仕方ないね。私はあなたを忘れない。











