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サンドイッチ!

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4連休最後の日の遠足(!)にサンドイッチを持っていった。お弁当というものを作らなくなって久しいが、おにぎりやサンドイッチを作るのはけっこう好き。これから出かけるというワクワク感があればなおよろしい。

 

サンドイッチを作ろうと思い立ってから、手持ちの本をペラペラめくって作るものを考えた。前から作ってみたかったキュウリのサンドイッチは作ろう。あとは・・・もう少しボリューム感のあるものがいいなぁ・・・タマゴサンド?ハムサンド?はたまたトンカツを買ってきてカツサンド?(トンカツを作るところからはやらない!)。

 

けっこう迷って決めたのが、ハムタマゴサンドとちょっぴり贅沢なスモークサーモンサンド。どうせ食べながらワイン飲むんだから(酒飲みの遠足だから)。ゆでタマゴは前日作っておいて、3種類をどういう段取りでやるか考えながら寝た。やる気まんまん!?

キュウリのサンドイッチはイギリスのアフタヌーンティーでは定番らしい。「ティーサンド」というそうで一口で食べられるサイズで作るのが本来の姿のようだ。サンドイッチ用の薄い食パンにバターを塗り、薄くスライスしたキュウリを並べるというごくごくシンプルなもので、ここまでシンプルだとかえってごまかしがきななそうな気がする・・・と思ながら参考書(「サンドイッチの時間」)を広げると、ハニーマスタードを片面に付ける、とある。あと、キュウリの他にディルを少々はさむ。どうやら少し変化球的なキュウリサンドらしい。どんな味になるか知りたかったのであえて変化球に挑戦!

 

ハムタマゴサンドはなにも凝ったことはしない。スモークサーモンサンドは、スモークサーモン、ゆでタマゴのスライス、ディルを重ねるが、パンにつけるのはバターやマヨネーズではなくてクリームチーズ。しかもレモン汁を少し加えたもの。なかなか豪勢である。3種類を作り終えるまでの時間は1時間強。野菜のスライサーを持っていないのでピーラーを使ったためそこに少し手間取った。使った食パンは白いものと雑穀が入ったものの2種類。

 

さて自己評価。キュウリのサイドイッチはハニーマスタードがニュアンスを加えた感があっておいしかったが、作ってすぐの方がもっとおいしいような気がする。次はごくシンプルに作ってみようと思う。ハムタマゴは“普通においしい”といった感じ。ある意味で安心感のある味わい。そして一番おいしいと思ってのがスモークサーモンサンド。とくに白ワインとの相性抜群だ。ディルがよく合うと思った。

 

サンドイッチもいろいろ作ろうと思うと無限の組み合せがあると思う。使うパンも食パンだけでなく、ロールパンやバゲットなどもあるし。私はどちらかといういとパンよりご飯派なのだが、時にはサンドイッチ作りを楽しむのもいいなぁと思った。また何か作ろうっと!

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| - | 19:20 | comments(0) | - |
アゲハのタミー

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・・・残念ながら羽化後の写真はなし。で、美イモ写真を(^^;)・・・

 

先週の土曜日、私の不在中にアゲハが羽化して旅立っていった。名前はタミー。

 

クロアゲハ2匹に続いて次々とナミアゲハまでが寄生バエの餌食となり、仕方ないと思いつつ気落ちしたこともあってもう今年はこれでおしまい!と決めていた。しかし、道を歩いているとどうにもこうにも柑橘系の木が目に入ってしまい、目に入ると一応確認しないと気が済まなくなり・・・いやぁ、習慣とは恐ろしいものですな!という感じだった。それでも、幼虫を見かけても連れ帰ることはなかった。そこでなんとか無事に育ち蝶になって精いっぱい生きてほしいと祈るだけにしておいた。

 

そうこうしているうちに8月も終わりになりかけていた。8月25日に母が他界し、30日になってやっと斎場の時間がとれて簡単な葬儀を行い、その足で寺に行って納骨までを済ませてきた。普通納骨は四十九日だが、昨今はこんなかたちもあるらしい。朝早く出かけてすべてが終ったのがお昼近く。妹、私、私の息子3人で簡単な食事をしてそれぞれ帰路についた。

 

私はいつも使う駅ではなく、市営地下鉄の駅で降りて帰ることにした。その日は猛烈に暑い日で、日傘をさしていても眩暈がしそうだった。黒いストッキングを履いた脚がとくに暑かったのを覚えている。少々寝不足であったこと、とりあえず無事に母を見送ってほっとしたこと、満腹だったこと!などに加えてあの暑さ。半ば朦朧として団地に沿った道を歩いていた。

 

片側2車線の大きな道路を渡るつもりで歩いていたのだが、横断歩道の少し手前で信号が赤に変わってしまった。やれやれ、ここの信号は長いんだよなぁ。日陰はないしなぁ。などと思いながらゆっくり歩いてふと左側を見ると、団地の植栽として植えられている柑橘系の木に目が留まった。こんなところにもあったんだ、と思った。幼虫を多く飼っていると常に餌のことを気にしていなくてはいけないから、私の頭の中には何ヶ所かの「みかん場」(餌である柑橘類の葉を収穫する場所)がある(^^;)。しかしそこはノーチェックだった。

 

頭がぼんやりしていたこともあって、何気なくぼーっと見ていただけなのに、1センチくらいの黒い幼虫を見つけてしまった。ナミアゲハのようだ。いつもなら軽く見てスルーするのだが、あの時はしばし迷った。母を見送った日に出会ったことがなにか意味のあるように思えたのだ。単なる偶然にすぎないのはわかっていても。

迷った揚げ句枝ごと持ち帰ることにした。これで本当に最後にしよう、今年は!と思ながら。黒っぽい日傘をさした喪服の女が片手に幼虫付きのみかんの枝を持って歩いている・・・妙な光景だったかもしれない。

 

以来、今回は誰にも言わずひそやかに育ててきた。最初は小さなケース(「新生児室」と呼んでいる)で1週間くらい。その後飼育ケースに移したが、前のことがあるので餌として取ってきた葉はすべてていねいに洗ってから与えるようにした。それでも無事羽化するところまでいくか心配だった。

 

緑色のきれいな終齢幼虫になり、ある日ケースの壁で動かなくなった。慌ててダンボールを入れるとそちらの方が気に入ったのか(花柄だし!?)移動して前蛹になった。翌々日には褐色タイプの蛹になり、あとは羽化を待つばかり。それでもまだ寄生バエの心配は消えず、毎日ビクビクしながら見守ってきた。

 

褐色タイプの蛹は羽化しそうになっても色の変化がほとんどないからわかりにくい。緑色のタイプだと、アゲハの羽の色が透けて見えるので、そうなると羽化間近だとよくわかるのだが。そろそろかなと思っていた先週の土曜日、出かける前に見てみると微かに透けてみえるような気がした。私がいない間にケースの中で羽化してしまうと、夜までそこでバタバタしていなくてはいけない。翅を傷めてしまうかもしれない。そこで、段ボールごとベランダの鉢植えの上に置き、いないとき羽化しても自由に飛んでいけるようにしてから家を出た。

 

午後10時くらいに帰宅してベランダを見ると、段ボールが下に落ちており、拾いあげるとカラの蛹がそこにあった。無事羽化して飛んでいったようだ。本当は空に飛び立つ姿が見たかったが、無事羽化できたことだけでも幸運と思わなくてはいけないだろう。涼しくなってきたし雨も多くなってきたが、与えらた命を全うできますように・・・

 

その日、不思議なことがあった。出かけた先は比較的近くの浜辺だったのだが、花もなにもない砂浜にふらりとアゲハチョウがやってきた。私の近くをひらひらとしばらく飛んだ後どこかに行ってしまったが、秋の浜辺とアゲハは意外な取り合わせで、こんなこともあるんだ、としばし見とれていた。あのアゲハは一体なぜあんな場所に来たのだろうか。

 

翌日だったか、友人にその話をすると、海で見たアゲハはわが家のタミーのお使いで無事羽化して旅だったことを知らせに来たのかも、と言われた。自宅とはずいぶん離れているが、気持ち的になんとなく私もそんな気がしてきた。常識では理解できない不思議なことが世の中にはたくさんあるのだ。

 

タミーというのは母のニックネーム(妹と私の間だけの。名前がタミコなので)だ。人間のタミーはもう空の上かもしれないが、アゲハのタミーはまだどこかを飛んでいるはずだ。早く雨が止んでくれるといいなぁと思う。

20-0925-1.jpgカラになった蛹

| - | 09:52 | comments(0) | - |
墓誌

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先日、実家の墓とかつて私が籍を置いていた家の墓に彼岸参りした時のこと。墓石や墓誌に刻まれている、そこに眠っている(味気なく言えば骨を納めてある)人たちの命日と享年を確認してみた。忘れっぽいので、一度見てもすぐに忘れてしまう。だいたいこれくらいだったかな・・・というような適当さである。

 

私の妹はとても記憶力がいい人で、幼いころにあったことも細々と覚えていて時々驚くことがある。すっかり忘れていたことを教えられて、なぜ自分は全く覚えていないのに彼女はこれほど鮮やかに覚えているのだろう、と不思議になる。ふーん、へーえ、などと言いながらなつかしくもなるけれど、妹と私の違いはどこからくるのかと思うこともある。

 

記憶している、覚えている、というのは本人の努力ゆえのこともあるが、もともとの性質によるものも多いかと思う。たぶん妹も覚えていようと思って覚えていたわけではあるまい。結果的に覚えているだけなのではないだろうか。結果的に私が忘れてしまったように。


そして、覚えているというのは幸せなこともあるだろうが、つらいこともあるのではないかと思う。忘れてしまった方がラクなことも人生には多々あるのだから。ということは、もしかしたら詳細に記憶している妹はその記憶に耐えられる強さを持つ人であり、私は覚えていては耐えられない程度の弱さを持つ人間なのかもしれないとも思えてくる。忘れてしまわなければ生きていきにくいこともあるから、うまくしたもので脳がそれを察知して上手に忘れさせてくれているのかもしれない。

 

それはさておき。墓石の横にある命日などを刻んだ石は何という名前なのか今まで知らなかったのだが、調べてみるとどうやら「墓誌」というものらしい。「墓碑」は「墓石」とほぼ同じらしいから、墓石の横にあるのはやはり「墓誌」だろう。


実家の墓は墓石の側面に戒名、俗名、命日、享年が刻まれている。元夫であった人の家の墓は墓石の横に墓誌が置かれている。それぞれをあらためて見て、そこに名前が刻まれている人たちのことをしばし思いだしていた。

先日墓参りした後で息子にそれを報告すると、「もうすぐ10年だね」という返事が返ってきた。10年か・・・私は何年前のことだったかすっかり忘れていたが、さすがに息子は覚えていたようだ。今年の11月17日で丸9年になる。私は元夫の享年を知らない間に超えてしまっていた。


墓誌に刻まれた戒名と命日を見ながら、出会ってからのことをおおざっぱに思いだしてみた。亡くなった年にこのブログに書いた「恩讐の彼方は・・・」(2011年11月20日)も読み直してみた。思い出は年々徐々に遠くぼやけてくるが、それでもこうして意識的に思いだそうとすればいろいろ出てくるものだ。忘れていたようでいて、脳の奥底にはまだまだ記憶が残っているとみえる。

 

実家の墓石の脇に刻まれた3人のうち、父と母の命日と享年は覚えていた。母はごく最近のことなので当たり前だが。しかし、その2人の間に刻まれている妹の夫であった人の命日や享年はさっぱり覚えていなかった。たぶん、覚えるつもりもなかったのかもしれない。そして、父母の間に名前が刻まれていることに、どこかなじめない何かを未だに感じている。家を出た娘のいうことではないのかもしれないけれど。結局最後までなじめない人だったからというだけで、妹の夫であったことはまぎれもない事実。あれはあれでいいのだろう。

 

墓参りに行くたびに思うのは、それぞれの墓の行く末だ。実家の墓は妹の代で終わりになるだろう。子供がいない夫婦だったので、墓を継ぐ人がいない。妹もいずれ墓じまいをするつもりらしい。元夫であった人の家の墓は、いつ行っても私以外の人が来ているとは思えない様子なのが気になる。弟が2人、妹が1人いるが弟の1人は北海道なのでそうそうこられないのは知っている。妹さんが近くに住んでいて、その息子2人もいるはずなのだが。私の息子もふらりと行くことはあっても花を供えたり掃除をしたりはしていないようなので、なんとなく荒れ放題になっているのがいつも気になる。


私は籍を抜いて久しいし、縁を切った人間なのでいつも掃除はせず花と線香を供えるだけにしていた。しかし、今回は見るにみかねて少し掃除をしてきた。今後どうなってしまうのだろうか・・・と気にならないでもないが、私がどうこういうことではない。

現代のように少子高齢化が進んだ社会では、墓の存在意義も昔とは変わってきているのかもしれない。墓じまいする人が多くなり、墓地のある寺も運営に窮しているという話も聞く。母方の本家の墓は早稲田にあるが、幾度にあちこちに空いている場所があるのに気づく。谷中の墓地を歩いていても、縁者不明で管理者が困っていそうな墓がいくつもあった。

 

墓誌に刻まれた人たちの名前を見ながら思う。私も一歩一歩近づいていっているのだろうなぁ、と。私の名は刻まれることはないのだろうけれど、その方が気楽かもなぁなどとも思う。

 

| - | 19:04 | comments(0) | - |
22日は猫の語らせる日(でした)・・・・9月担当:ふく

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みんな、おまたせ。ふくだよ。かわいいこねこちゃんの、ふくだもんね。

 

きょうは23にちだもんね。ほんとはきのうだったもんねー「ねこにかたらせるひ」は。なのに、すみごんはじぶんがあそびにいくことになっていて、そのことばっかりかんがえていたからすっかりわすれていたもんね。しかも、しかも、だもんね。じぶんできづかないで、ひとにいわれてはじめてきづいたもんね。これって、いかがなものか!ってふくはおもうもんね!

 

やっとすずしくなってきて、ふくはときどき「ふくちゃんばこ」にはいるようにしたもんね。「もうふ」がはいっているからあったかいし、「たけのこ」がはいっていたはこなので、がっちりしていてたのもしいもんね。ふくにはちょっとおおきすぎるさいずだけど。あと、ふくの「まいぶーむ」としては、すみごんのむすこのへやだった「ものおきべや」のいちばんおくもくつろげるから「おひるね」のばしょのひとつにくわえたもんね。かいだん、ふくちゃんばこ、ものおきべや、がふくの「3だいおひるねば」だもんね!

 

にんげんたちは、「しょくよくのあき」っていってるけど、ふくたちだっていつもよりおなかすくもんね。おいしいものをいっぱいくれるべきだもんね。ふくは、なんでもきれいにたべるけど、だいすけは「これ、あきた!」ってときどきのこすし、まめこは「くちにあわない」ってたべないこともあるもんね。みんな、「ばちあたり」だもんね。「しょくひんろす」はだめなんだもんね!なんでものこさずにたべるふくには、たまには「ごほうび」をくれてもいいとおもうもんねー

 

まめこは、あいかわらずすみごんに「だめになろうよー!ねえねえ、だめになろう!」ってさそってばかりいるもんね。で、ねながらなでられてごきげんになっているもんね。てがとまると「てがとまってる!だめ!」って「ちゅうもん」つけているもんね。ねこも16さいになると、けっこうずうずうしくなるとふくはおもったもんね。ふくはもともと「ひかえめ」なせいかくだから、そんなにしつこくいわないもんねーだ。

 

だいすけも、あいかわらずぴーぴーないて、「だいちゃん、うるさーい!」っていわれているもんね。でも、とっくみあいをするといつもふくがかつもんだから、おっさんが「どうじょう」して、ふくのことせめるもんね。ふくがつよいのは、ふくのせいじゃないもんね。ていうか、だいすけがよわすぎるからだもんね。なのにふくをせめるのは「すじちがい」だもんね!

 

らいげつは、おっさんにひいきされているだいすけのばんだもんね。やきのりをみると「きょうぼう」になって、ふくのくちからすこしでているやきのりを、うばおうとするもんね。ああいうときだけは、つよくなるって・・・やっぱりほんとうにつよいのとはちがうとおもうもんね。しょせん、だいすけは「こすけ」なんだもんねー。 おしまい!

| - | 15:52 | comments(2) | - |
エコバッグ

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スーパーなどのレジ袋が有料になってから、あっという間にマイバッグを持ち歩く人が多くなった。有料化についてはもっと反対意見も聞こえてくるかなと思っていたが、みなさん日本人らしく(!)従順にバッグを持参している。スーパーだけでなくコンビニでもドラッグストアでもあそこでもここでも“有料になりますがお入り用ですか?”と聞かれる日々・・・それにも慣れて、外出時にエコバッグを持って出る習慣もついてきた。

 

一部には万引を誘発するという指摘もあるが、もうこの流れは変わらないだろう。プラスティックゴミ問題はこれで解決するわけではなく、やはり使う側のモラルが向上しない限りマイクロプラスティックなどによる動物たちへの影響は悪化する一方だと思っている。しかし、ほんの小さなことでもレジ袋を使う人が少なくなれば無闇に捨てる人も少なくなるはずであり、悪いことではないだろう。とかく人は身銭を切ることになってはじめて真面目に考えるようになるものだから。

 

さて、エコバッグ。折りに触れて書いてきたようにも思うが、私はもともと袋物というかバッグが好きで、手軽な価格で買えるエコバッグの類いはついつい買ってしまって使い切れないほど持っている。さすがにこの数年はあまり買わないが、それでも持っているものすべてを有効利用しているかというとできていない。2008年1月26日の記事では「エコバッグ・ブック」という本を紹介しているが、その本も古書店に渡してしまって今はもうない。

 

しかし、レジ袋有料化でマイバッグ持参が習慣になってみると、昔買ったエコバッグを掘り起こして使いはじめるというケースも出てきた。よきこと、よきこと(^.^)

多くの人はそうしているのかもしれないが、買物の内容によっていくつかのエコバッグを使い分けている。思い食料品を多く買いそうな時はしっかりした大きめのもの。出先で細々と何か買いそうな時はコンパクトで軽いもの。他にも荷物がある時はショルダータイプ。などなど。

 

私は主に3〜4種類を常用として使い分け、時々気分を変えたくなる時にはコレクション(^^;)の中から他のものを出してきて使っている。エコバッグを使う頻度は以前と比べて格段に多くなっており、無駄なコレクションにならなくてよかったー!などと自分を慰めたりもする。

 

写真は、だいぶ前に東京駅構内にあった(今でもあるのかなぁ)紀伊国屋で見かけてつい買ってしまった小さな小さな紀伊国屋バッグ。幅は15センチくらいで、きれいなショッキングピンク。持ち手はシルバーという洒落具合だ。中にクッキーなど紀伊国屋で販売しているお菓子がいくつか入った期間限定商品だったと記憶する。


使い道がなくて持っていただけだったのだが、最近は中に昔ながらの紀伊国屋バッグを入れて買物の時には持ち歩いている。自転車の前カゴにぴったり納まるサイズなので昔ながらタイプも出番が多くなってきた。最近コストパフォーマンスがいいなと思うのは、みなさんご存知KALDIのショルダータイプのもの。黒、赤、青、黄、の4色展開でけっこう収納力があって250円でっせ。軽いタイプなので重いものをたくさん入れるのには向かないが、毎日の買物程度だったら十分だと思う。私は黄色で先日妹に赤をお勧めした。

 

また、先ほど話を出した「エコバッグ・ブック」の表紙に採用されている元住吉のブレーメンエコバッグもコスパがいい。昔は1種類だったが、今は数種類あるみたい。私が買った時は250円くらいだったが、諸般の事情からなのか今は380円。EUに加盟する頃のドイツで使われていたエコバッグの復刻版ということで、ドイツの小学生の絵がプリントされている。薄手で持ち歩きにも便利だ。

もうこれ以上買おうとは思わないが、また楽しいデザインのものを見かけたら手を出しそうな自分が怖い(^^;)

 

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| - | 07:04 | comments(0) | - |
彼岸

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2020年秋のお彼岸は9月19日から25日。ということで、昨日お墓参りに行ってきた。毎年2回、春夏のお彼岸には実家の墓と元夫であった人の家の墓の2ヶ所をハシゴする。実家の墓がある寺は車で行けば15〜20分程度だ。元夫の墓はなんと自宅から歩いて5分かかるかかからないかの寺にある。離婚して縁は切れたとはいえ、こんなに近くなのに知らんぷりというのも・・・一度は縁があった人だし・・・ということで。

 

墓の周りをきれいにし、花を供え、線香を焚く。とりあえずのことが終って手を合わせる。どこかすっきりした気持ちになる。やはり墓というものは生きている人のためのものなんだな、と思う。

 

「彼岸」とは、煩悩や迷いの世界(此岸・しがん)にいた者が「六波羅蜜」という修業をすることにより達する「悟りの世界」のことだという。そして昼間と夜が平行になるお彼岸の時期には「あの世」(彼岸)への門が開かれるといわれてきた・・・らしい。墓参りをし先祖を供養するという行事は日本固有のもので、インドや中国の仏教にはないそうだ。いろいろな説があるようだが、日本古来の太陽信仰、祖霊信仰を起源としたものだと推定されているとのこと(wiki)。

 

地域や各家庭によって仏教的な行事のとらえ方はまちまちだろう。私はほとんど無宗教の家に育ったので(父の実家が浄土真宗だったから実家の寺もそれに準じているが)お彼岸だからといって必ずお墓参りに行くということもしなかったし、向かうべき仏壇も父が亡くなった時に買ったくらいであった。親戚の法事にも行ったり行かなかったり。亡くなって墓の下にいる人を忘れたわけではないのだが・・・

 

そんな私ではあるが、年齢を重ねるに従って自分の「死」を考えたり、墓について考えたりすることが多くなってきた。前にも書いたが私は今のところ散骨を希望していて墓を持つつもりはない。自分の人生を思う時、しかるべきところに収まることはできないような気もするし、そもそも墓を買うお金なんてない!(^.^)

 

昨日は、刻まれたばかりの母の戒名や命日を確認し、父、妹の夫であった人、そして母と3人の骨がこの墓の下にあるんだなぁと思いながら手を合わせてきた。思うところあって何かを願うことはせず、彼らがあの世で安らかでありますよう祈るのみにした。もしあの世というものがあるのなら。

 

お彼岸だからというわけではないが、ここ数日空薫をしている。夜寝る少し前にたきはじめ、炭が消えたのを確認してから練るのだが、朝起きて自室に行くとほんのり香の気配が残っていてなかなかいい感じ。

| - | 16:39 | comments(0) | - |
デスカフェ

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「デスノート」という映画があったが、今回は「デスカフェ」。「死」について語り合う場のことである。

 

昔から「死」には、触れてはならない話題、怖い話題、忘れていたい話題、等々マイナスイメージがつきまとってきた。生きている者にとって、その「生」が終ることは自分が消えてしまうことであり、そのイメージは当たり前のようにも思われる。

 

しかし、世の中は高度経済成長期を過ぎて「生きていくのに精いっぱい」ではなくなってきた。長寿を誇りつつ高齢化が進み、出生率は下がる一方だ。社会はどんどん複雑化し、解決策がみつからない問題が蓄積してくる。自殺者が増え、狂気に刈られた殺人事件が起き・・・昔より今の人の方が「死」に近いところにいるのかもしれないと思うこともある。

 

「デスカフェ」は、「死」についてお茶を飲みながら気軽に話し合おうという主旨のイベントで、もともとはスイスの社会学者バーナード・クレッタズ氏が提唱したものらしい。今まで全世界70ヶ所以上で一万回以上開催されているというから、耳にしたことがある人もいるかもしれない。

 

お茶を飲みながら気軽に、というカジュアルさを打ち出すことにより、心の中にある「死」に対するマイナスイメージを少しずつ緩やかにしていき、それぞれが抱える「死」の恐怖やトラウマなどを和らげていこうとするものなのかな?と思う。
今年のコロナ禍を受けて、その「デスカフェ」がオンライン開催されるという記事をみかけた。主催者である小平さんという方は「それぞれの着地点まで語り合い、自分の人生を楽しく自分らしく生きようと思える」場であると。

 

もう60代も半ばになろうとしているので、私も今までにいくつかの「死」と出会ってきたし、自分の「死」についても考えつづけてきた。「死」について考えることは「生」について考えること、とよく言われるがその通りだと思い、誰にも訪れるものであればマイナスイメージをもたずに考えたいと思ってきた。

しかし、友人知人の中にはそれを避けたいと思っている人たちが思っているより多いこともまた知った。話題が話題だけに、無理やり話をするようなことでもないので避けたいと思っている気配を感じたらそれ以上のことはしない。基本的には自分一人で考えていけばいいと思っているからなのだが、「デスカフェ」のような場も意味のあるもののように思える。自分の中に潜在していた数々の思いを明らかにすることにより、何かから解放されたりすることもあるのではないかと思うのだ。

 

私自身は「デスカフェ」に参加するつもりはないが、そこでどのような話が交わされたか、参加した人たちは何を思ったのかは知りたいような気がする。しばらくアンテナを張っていようと思っている。

| - | 16:38 | comments(1) | - |
キジトラ!

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写真はわが家の最長老にして老いてもなお美人のまめこ。もうすぐ16才と2ヶ月になる。人間でいうと80才を超えた立派な高齢者だが、さすがに痩せてきたものの動きは俊敏、食欲もあって若々しい。この夏は私がリビングに顔を出すと「一緒にダメになろうよー」と盛んに誘ってくるようになった。それは未だに続いてきて、今日もダメになってしまった・・・(つまり、昼寝!)。

写真がモノクロなのでわかりにくいが、いわゆる「キジトラ」と呼ばれる毛色だ。英名では「ブラウン・タビー」と呼ばれ茶色ベースの縞模様ということになるが、個体差があってまめこの場合全体的に色が黒っぽく茶色を感じさせるのはおなかの毛と顎あたりだけだ。後ろ足の外側(裏側?)なんて黒いビロードのようでついつい触りたくなる。

日本で一番多い模様らしく、外でもたまに見かけるし友人たちもキジトラを飼っている人が多い。ありふれた模様といえばありふれているが、野性味があって私は好きだ。野性味があるのはもっともなことで、イエネコの祖先である可能性が高いといわれているリビアヤマネコがキジトラに近い模様で、大昔はキジトラ猫しかいなかったという説もあるくらいなのだ。人の手がもっとも入っていない猫と考えてもいいかもしれない。

人に言うと驚かれることもあるのだが、まめこは若いころ避妊の手術をしに行って以来獣医の世話になっていない。ちょっと元気がないな、食欲がないな、と思うことはあっても目立って具合悪くなったことがないのだ。もっとも心配になって連れて行こうと思ったことは数回あったが、素早く逃げられてしまってつかまえることができなかった。それほど俊敏であり用心深い。

少し調べてみると、キジトラは野生を強く残しているため運動能力が高く、性格は用心深く安易に人慣れしないものが多いらしい。まめこも生後1ヶ月くらいで保護した時から人よりも先住猫の方が好きで、亡きゴンにはべったりだった。少しなついてきても、抱いたりされるのを怖がり大きな物音が大嫌い。知らない人が家に来ると、どこかにもぐりこんで帰るまで出てこなかった(これは今も同じ)。

一方、いわゆる「ツンデレ」タイプもいるらしく、普段はツンツンしているが特定の人にだけデレデレする性格の子もいるとか。うちのはたぶんそれかもしれない。添い寝するかたちで横になり撫でているうちはいいのだが、私の手がとまると起き上がって顔のそばまできて、「手がとまってるよ!」と言う。小柄ながら要求は果てしない老嬢なのだった。

 

*「国民のために働く内閣」って・・・番頭さん、そりゃないでしょう。

*今までは誰のために働いていたのかな?

| - | 19:13 | comments(2) | - |
おやつ

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・・・野菜室にこんなのがあったので食べてみた。なつかしい味(^.^)・・・

 

今はそんな言葉もまるで聞かなくなったが、昔(私が子供のころかな?)は「10時のおやつ」「3時のおやつ」といった言葉があった。とくに「3時のおやつ」は「お三時」なんて言われていたような気がする。朝食と昼食の間、昼食と夕食の間の軽い間食のことだと思うが、子どもたちにとってはとても楽しみなものだったように記憶する。甘いものを期待する世代だったということがバレバレではあるが(^^;)

 

私が子供のころは、公立の小学校に通っている家の経済状態は今ほど格差はなかったのではないか。もちろん、ひどく貧乏な家庭もあったし裕福な家庭もあった。しかしそれらは数としては少なく、「おやつ」として何を食べたかという話になるとたいてい同じようなものを挙げる人が多いような気がする。

 

いただきものがあったりした時などをのぞいては、たいてい近くのマーケット(スーパーではなく)のお菓子屋さんで買ってもらったお菓子か、時にはふかしたサツマイモなんていうこともあった(がっかりした!)。が、友だちの家も似たようなものだったから、特別自分の家が貧相だと思わなかったし、目の前に出されたものを食べるしかなかったから特別文句も言わなかったと思う。

 

小学校中学年のころだっただろうか。クラスでも見てからにして裕福な家庭だと思わせる同級生がいて、数人でその子の家に遊びに行ったことがある。着ているものも私たちとはちょっと違っていたが、驚いたのは洒落たダイニングテーブルの上に用意された手作りのシュークリームだった。シュークリームなんてたまにケーキ屋で買ってもらうものだと思っていたが、適度な大きさの、パウダーシュガーたきれいに振られているシュークリームを見た時、一緒に行った友だちはみな驚いたような顔をした。その家の娘であるクラスメートは、内心なにを思っていたかは知らないがさりげなくみんなに分けてくれた。シューの中はカスタードではなく生クリームだった。美味しかったのかと自問自答しても思いだせない。驚きの方が大きかったのかもしれない。

 

今、そんなことを思いだすと、果たして美味しいスイーツが掃いて捨てるほどある時代になって幸せなのかと改めて考えてしまう。

| - | 23:32 | comments(0) | - |
ジンね・・・

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「クラフトジン」がブームになっているそうな。そして、特に注目されているのは、国産の「クラフトジン」らしい。2016年に日本初のジン専門蒸留所「京都蒸留所」が登場して以来、続々と参入が続いているとか。ふーん・・・たしかにそんな気もする。

 

というのも、たまーに行く地元のバーでこのところ「クラフトジン」のボトルがカウンターによく置かれていて、もともとジンが好きなのでいろいろ試させてもらっているから。外国のものももちろんあるが、先日飲んだのは国産だったような。ジュニパーベリーの香りにボタニカル(ハーブ、スパイスなど)の香りが溶け合っていて、しかも配合により味わいが違っていて、なかなか奥深いものだと感じている。

 

家飲みではお手軽にタンカレーだが、そろそろ国産の「クラフトジン」についてお勉強して、少しずつ試してみてもいいかな。グラスは少し薄手の小さなものがいいかな。飲み方にもよるが、私はストレートかロックでしか飲まないので、ストレート用のグラスも欲しいな。行きつけのバーでは小さなチューリップ型のグラスで出してくれる。「ジュニパ・グラス」と教えてもらったが、コニャックやモルトウイスキーのテイスティングにも使われているようだ。

 

さて今日は地元で週1回営業しているワインバーの1周年記念のお祝いに行ってくる。このところの暑さで、ワインから少しだけ遠ざかっていたが、ソムリケールおすすめのワインをゆっくり味わってこよう。

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