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22日は猫に語らせる日・・・6月担当:まめこ

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おはよう。まめこ。もうすぐ14さいになっちゃう、まめこなの。やっと、じゅんばんがまわってきたです。あのね、いつもまめこの「ぶろぶ」のしゃしん、まえのひになってすみごんはあわててとるの。ふだんからもっととってくれればいいのにさ。で、「あいふぉん」のなかにはいっているしゃしんは、ふくのしゃしんがおおいの。ふくはすみごんのおへやにはいっていることがおおいから、ってゆうけどさ、もっとびょうどうにしゃしんをとってほしいと、まめこはおもっているです。

こんげつ、すみごんと、ふくと、だいすけはおたんじょうびがあったの。でも、そのひは、すみごんとおっさんがおうちにいなかったの。「くさつ」っていうところにでかけたまま、かえってこないの。くらくなってもかえってこないので、まめこ、しんぱいになったの。そしたら、みかんが「きょうはかえってこないわよ。そのかわり、すみごんのむすこがごはんをくれるらしいわよ。もうすこし、まってなさい」とゆったの。

すみごんのむすこ。まめこ、かおはしっているけど、すみごんとおっさんいがいのにんげんは「ゆだんたいてき」だとおもっているの。だから、よるになって、むすこがきたらかくれたの。カリカリをおさらにいれるおとがしたけどでていかなかったの。やっとかえったとおもって、でていったら、まめこのおさらのカリカリがすくなくなってるの。きっと、だれかがたべたの!さいきん、みかんまでまめこのカリカリをぬすむからはんにんがわからないの。だれかな・・・

みかんは、あいかわらず1しゅうかんに1ど、「ペットクリニック」にいってるの。あたらしい「くびわ」をすみごんにつくってもらって、「かわいいくびわ」ってほめられたらしいの。ち。まめこのだって、かわいいよ。「りばてぃ」っていうところの、はなもようだよ。

ふくとだいすけは3さいになったです。からだばっかりでかくて、まだまだおこちゃまだとまめこはおもっているの。でも、ふくは、まめこに「えんりょ」するようになったのでだいすけよりおとなになっているとおもうです。だいすけは、「ずーたい」ばっかりおおきくてもおこちゃまなの。すみごんは「だいちゃんは、ずっとおこちゃまかもよ。そこがかわいい」だって。かわいくなんかないの!あんなやつ。

だいすけは、ずっとまめこの「かくれが」だった、たんすのうえにいることがおおいの。あそこはまめこの「ひみつきち」だったのに、よこどりしたの。そいでもって、からだがでかいから、おにくがすきまからはみでたりしちゃって、みっともないの。しっぽをだらんとたらして、みせびらかしているの。にくたらしい!そこは、まめこのものなの!でも、もうだいすけのにおいがついちゃったから、まめこはあたらしい「かくれが」をさがしているところなの。どこかいいとこ、ないかな。

ふくは、すみごんのへやか、かいだんにいることがおおいの。かいだんでふくがねていると、とっても「じゃま」なんだって。おおきいから、「あしのふみば」がなくなって、とおれないんだって。すみごんがかいだんからおちたら、きっとふくのせいだよ。

らいげつは、そんなふくのばんなの。ふくは、あたまのところに「あまえんぼうすいっち」があるらしくて、あたまをなでられるとごきげんなの。めったにこえをださないのに、がらにもないかわいいこえでないたりするの。あいつって、けっこう「おちょうしもの」だとまめこはおもっているです。おしまい。

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「俺、つしま」

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見よ、このふてぶてしい、いや福々しいお顔を。縞模様の腹巻きが「まわし」に見える。ネットで評判になっているとのこと、それだけで手を出しはしないがこの顔を見てしまっては・・・私の好みにぴったりの猫には負ける。「ブサカワ」などという言葉ができるずっと前から、私は大きくて、不細工気味で、存在感たっぷりの猫が好きなのである。

twitterは今やフォロワー数58,776(6月21日5時半現在)というから、「つーさん」に夢中な人がけっこう存在するということになる。内容は見ての読んでのお楽しみなので具体的には書かないが、野良猫から家猫になった「つしま」の日常が猫飼いにとっては「あるある」と共感を覚えることばかりだ。

飼い主のおじいちゃん(本当は女性だが猫たちはそう思っている)、先住猫のズン姐さん、不思議ちゃんのちゃー、地回り猫のオサムが主な登場キャラクター。それぞれ性格が全く違っており、それらに振り回されながら猫たちを溺愛するおじいちゃんは猫飼いの典型であろう。

実話をベースに描かれているそうだが、なるほどこういう猫っているなとか、うちの○○ちゃんと同じだーとか、やたらと共感を引きだしつつ、「つしま」の過去やズン姐さんの最期などは思わずじーんとさせるものがある。猫好きな方には超おすすめ。

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10年半ぶりの草津

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・・・湯畑は夜になるとライトアップされる。これまたいい雰囲気・・・

 

長らく旅行に出かけていなかった。で、自分の誕生日祝いとして草津に行くことにして先月宿の予約をしておいた。お天気が心配されたが、雨の予報が出ていた2日目(昨日)は真夏並の気温の好天候。家人は自他ともに認める「晴れ男」だが、今回もそのパワーを発揮したということか。

草津はほぼ10年と半年ぶり。調べてみたら(調べなければわからん!)前回行ったのが2007年12月だった。この年の8月に家人は胃ガンの手術(胃、脾臓、及び周辺のリンパ節の摘出という大きな手術)を受けたので、生還記念として行ったのだろうか。

私にとって草津はさほどなじみのあるところではないが、最初に行った時から気に入っていた。中心部の賑わいはいかにも温泉街らしいが、周囲は豊かな自然が広がりゆったりしている。大規模な名所旧跡がほとんどないので、ゆっくり湯につかる日々を過ごすのが最もふさわしい地だと思う。

家人はかつて草津のマンションを所有していたこともあり詳しい。街の様子はかなり変わっているのだろうが、道路事情は昔のままのようでナビなど必要なかった。車でも歩きでも迷うことなくスイスイっとな!

草津温泉は有馬、下呂と並んで日本三名湯のひとつとして今も賑わっている。一日にドラム缶約23万本分もの温泉がわき出ているとのことで、宿泊施設では「源泉かけ流し」が当たり前になっている。泉質は日本有数の酸性度で、ph値は湯畑源泉で2.1。殺菌作用が抜群とのことだ。

前回行った時、ホテルの温泉に何度も入ったら軽い湯あたりになってしまった。さほど長湯したわけではなかったのだが、私のように温泉に慣れていない者は様子を見ながら入った方がよさそうだ。今回は2回入るに留めたが、できることなら一日に何度も入りたいくらい気持ちいい!

今でも多少は存在するのかもしれないが、昔の温泉地といえば湯治を目的に来る人が多かったと思う。1日2日で病が治るわけはないので、長期間滞在して毎日体調を見ながら湯に入り、少しずつ回復させてから帰る、というパターンだったのではないだろうか。それと同じようにというわけにはいかないが、年々不具合が多くなってきたので、3〜4日逗留して街中の温泉施設をめぐり歩きたい・・・今回はそんなことが頭に浮かんだ。

宿は赤い屋根がシンボルのホテルヴィレッジ。湯畑周辺の老舗旅館はちと敷居が高いし、宿を楽しむための旅行でもないのでホテルで十分だ。ホテルヴィレッジはリゾートホテルらしく部屋がゆったりしており、せせこましいビジネスホテルとは雲泥の差。泊まった部屋も和室と洋室の2部屋で洗面スペースも広く、手入れが行き届いていて気持ちよかった。敷地も広く、朝の散歩は実に気分爽快。

1日目の夜、2日目の昼は、洋食屋「どんぐり」へ。家人なじみの店で草津でも人気店のひとつだ。夜はワインを2本空け、2日目はハンバーグとストロガノフを堪能。私としてはかなり食べた方だと思う。

1日目は曇りで雨が時折ぱらつく天気だったのでわからなかったのだが、2日目の朝外に出たら蝉の声が・・・どうやらエゾハルゼミのようで、フロントに確認したら先月からずっと鳴いているとのことだった。木々を渡る風が心地よく、気温が高くてもすっきりしているのはやはり標高が高いからだろう。ノイバラがちょうど満開を迎え、湿地ではキスゲの仲間がすっきりした姿の花を咲かせていた。

2日目の午前中に「草津熱帯圏」に行った。これで二度目。熱帯に住む動物を中心とする小さな施設だが、最近の私はそのような動物園、水族館に心惹かれる。屋内は動物たちのために温度高めで蒸し暑かったが、ワニ、ヘビ、カピバラ、コアリクイ、小さな猿たち、カメなどを見てきた。屋外にはラマやアルパカもいて、なかなかかわいかったぞ!

できれば年に一度は行ってみたい草津。なかなかそうはいかないが、次に行く時の目標はすでに決めた(早い!)。いろいろな温泉に入ってみることと、栗生楽泉園重監房資料館に行くことだ。栗生楽泉園はハンゼン病の施設だ。皮膚病に薬効があると言われている草津には昔からハンセン病の湯治客が集まっていたという。当初は一般の湯治客と同じ湯に入っていたらしいが、「健病同宿」「健病混浴」を避けるため、明治20年にまだ未開地であった「湯ノ沢地区」に患者を移転させ、患者たちが自ら新しい村づくりをめざしたという。

しかし、当該地が温泉街に近かったこと、「らい予防法」を徹底する必要があったことなどにより患者たちはまた移転せざるをえなくなる。温泉地から約3キロ離れた滝尻沢の土地を国から払い下げてもらい、「鈴蘭園」が開園。昭和6年あたりから帝国議会は滝沢沢東南の私有地を買収、患者の移転と外来診療がはじまり、日本で二番目の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」が誕生した、とのことだ。

ハンセン病患者の高齢化がここ数年たまーに取上げられている。栗生楽泉園も治療薬の開発もあって患者数は激減しているという。しかし、数は少なくなったとはいえいまだに高齢の患者たちが賑わい温泉街から少し離れたところでひっそりと暮していることを忘れてはいけないと思う。

人間、年齢を重ねるとできれば楽しいことだけをしたい、きれいなものばかり見たい、聞きたいと思うものかもしれないが、私は目の前にある現実を忘れることができない。「栗生楽泉園」も資料館が公開されているのを知りつつ見て見ぬふりはできない。

留守中の猫たちの世話は息子に頼んででかけた。1泊なのでどうということもないと思ったが、やはり帰宅直後の様子が少し変!食事の時間がいつもと違うわ、よく知らないお兄ちゃん(息子)が来るわ、でストレスを感じていたのだろう。今朝になったらいつも通りになっていたので一安心。当分の間、2人して旅行に出ることはないと思うので、君たち、安心したまえ!と言ってみたが、わかるかなー?わかんないだろーなー!

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あまのじゃく

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先頃会った友人が「万引き家族」を見に行った、と言っていた。パルムドール賞をとって以来未だに話題になっている映画である。監督も出演している俳優たちも興味ある人たちなので見たいと思わないといえばウソになるのだが、こうなってくると足が鈍る。皆が騒げば騒ぐほど背を向けたくなる私の中の「あまのじゃく」が目を覚ますのだ。

もしこの映画が賞をとらず、都心の大きな映画館でも上映されず、たとえばイメージフォーラムやポレポレ座のようなところで上映されていたら・・・・たぶん私は迷わず出かけていっている。「この世界の片隅で」も結局だいぶ後になってレンタルDVDで見たが、騒がれていた当時は行く気分になれなかった。

是枝監督作品といえば、だいぶ前の「誰も知らない」が印象深い。母親に捨てられた子供たちを描いた作品で、幼い弟妹の面倒を必死で見る長男役の柳楽優也がカンヌ国際映画祭コンペティション部門で史上最年少で最優秀主演男優賞を獲得した。2004年のことだというからすでに15年近く前のことだ。

以来監督の作品は見てこなかったが、社会で起きていることに対する問題意識を映像化するという点では全くブレない人だと感じている。大事件というよりも、本当は深刻な問題なのに見過ごされている問題、私たちの日常生活のすぐ隣で起きてもおかしくない問題、そんな問題を取上げて問いかけてくる。

文部科学省の大臣が受賞への祝意を伝えたいと発言したが、是枝監督は「公権力とは潔く距離を保つ」としてそれを辞退したというニュースも流れた。頑固に拒否したわけではなく、文化庁から助成金をもらっていることへの感謝を伝えた上でのことだという。文化庁は「万引き家族」に2000万円の文化芸術振興費補助金を出しているとのことだが、監督曰く「日本の映画産業の規模を考えるとまだまだ映画文化振興のための予算は少ない」そうだ。辞退については例によってネットであれこれ言われているようだが、私は立派な態度だと思っている。

「万引き家族」を見にいかない代わりというわけではないが、昨日はAmazonプライムで「三度目の殺人」を見た。二度目の殺人を犯した容疑者の裁判を通して、真実とは何か、人が人を裁くとはどういうことなのかを問いかける映画で、見終わってすっきりする作品ではない。

すっきりしないというよりも、モヤモヤした何かが残る。結論らしきものが提示されていないからだと思うが、そこにこそ監督の狙いがあるらしい。証言をころころ変える容疑者に振り回されながら、弁護士は彼が一体何を考えているかを把握しようとする。が、結局裁判は死刑の判決が下って終わり。

このブログを長年読んでくださっている方ならなんとなく分かると思うが、私はこういったモヤモヤした作品がけっこう好きだ。その時の気分にもよるが、すっきりさっぱりした気分で見終わる映画よりも。何故だろう、何だろう、という思いが残り、それを引きずることによってあれこれ考える機会を与えてくれるからなのかもしれない。

多くの人が「わからない」「わかりにくい」という言葉で切り捨ててしまうような作品に心惹かれるのも「あまのじゃく」だからなのか。とくに、人間の内面を描くとなると「わかりやすい」方がウソっぽく思えなくもないのだが・・・

*しばらくの間は梅雨時らしい天気が続きそう。

*そんな中、明日、明後日で1泊旅行に行ってまいります。

*名所旧跡を歩く回るわけではないので雨でも大丈夫!

*そんなわけで18、19日のブログはお休みということで(^^;)

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不昧さんのお気に入り

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会期が迫ってきたので慌てて「大名茶人 松平不昧ーお殿様の審美眼ー」(三井記念美術館)に行ってきた。不昧さん(気安くさせてもらいます)については有名人なのでご存知の方も多いと思う。松江藩を建て直した名君であり、希代の数奇者としてつとに名が知られている。

なかなか楽しい展示だった。楽しい、というと軽く思われるかもしれないが私にとって楽しいかどうかは非常に重要で、「楽しい=心が踊る、感動する」経験は何ものにも替えがたいものなのだ。いろいろな意味で見ごたえのある展示だと思ったということ。

不昧さんは茶人でありコレクターでもあった。そしてコレクションしたものを「古今名物類聚」に記録し後世に残している。サイズや特徴などが時には絵入りで記録されており、資料的価値も高いと思われる。

そして、私がなにより嬉しかったのは不昧さんが手元に寄せたものたちの多くが私の好みにぴったりだということだ。不昧さんと自分を並べるなど恐れ多いことだが、どんなに貴重な名物も好みに合わなければ私にとって価値はない。そういう意味で不昧好みはとても共感がもてるものだった。

たぶん、それは不昧さんの向こうに私が敬愛してやまぬ利休を見たからなのかもしれない。展示された茶道具の数々はシンプルでありながら味わい深い、派手さはないが滋味のあるすばらしいものばかりだった。たとえば茶碗などを見る時、私は自分の手に取り手のひらでそっと包みたくなる茶碗かどうかで自分にとっての価値を判断するのだが、不昧さんの茶碗はみな手に取り、肌合いを触って味わい。縁をそっとなぞり、高台の存在感を目と指で確かめたくなるようなものが多かった、ということだ。

深く美しい漆の棗や茶入れ、かわいらしい香合、よく見ると個性が光る茶勺、ヘタウマっぽい絵や讚・・・どれもが融通無碍なお人柄を現しているようで、さすが不昧さん!と怖れながら親近感をさらに強めた。また、不昧さんは瓢箪の図柄がお好みだったことを知り、瓢箪好きな私としてはさらに嬉しくなったのだった。展示会場の最後の方にあった「瓢箪自画賛」は瓢箪のかたちの印を使ったものでユーモアたっぷり。思わず口元がほころんでしまった。

あいにくの天気だったが梅雨時なので仕方ない。お昼はささっと花巻蕎麦を食べ、三越の前にある「にほんばし島根館」で松江のお菓子を買い、不昧さん三昧と洒落てみた。あ、いいお茶を切らしていたなぁ。残念!

*護国寺には「不昧軒」という茶室があって、こんなのがあるらしい。

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中国ドラマにはまる

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・・・友人宅に最近やってきた茶白のお嬢さん。家猫昇格希望か!?・・・

 

ひところ、韓流ブームというのがあって韓流ドラマや映画が盛んに話題にされた。当時はそれを冷ややかに横目で見て、韓流スターの追っかけをしているおばさまたちを「元気がいい」「夢中になれるものがあるのはいい」と思いつつ、なんだかなぁ・・・と内心考えていたことは事実だ。

韓国の映画であれば話はまた別で、今まで力作といえるものをいくつか見てきた。キム・ギドク監督の作品、「母なる証明」や「息もできない」など骨太で容赦なく意志的な表現が日本映画にはない大きな魅力だと思っている。しかし、いわゆる「韓流ドラマ」となると・・・まあ、実際に見たことがないので評価はさしひかえておこう。

テレビをほとんど見ないので、動画配信されている映画やドラマ、TSUTAYAで借りている作品(DISCUS)などを見ることが多い。ここ数ヶ月けっこうはまっているのが中国ドラマだ。日本でいう大河ドラマに当るといっていいボリュームで、数十回の連続物である。私が見た(現在も継続中)のは歴史ドラマで、これがまたけっこうよくできているのである。ついつい最後まで見つづけてしまうのだ。

最初に見たのは「ミーユエ〜王朝を照らす月」で、秦の始皇帝の高祖母にあたる宣太后がモデル。天下を支配するといわれていた「覇星」のもちに生まれたミーユエの波乱万丈を描いている。恋愛要素も盛り込まれているが、全体でみると当時の中国の覇権争いの複雑さ、過酷さ、そして後宮の女たちの間の戦いなどが主な内容であり、衣装やセットがなんとも豪華だ。日本の大奥もそうだったと思うが、中国の後宮に控える女性たちの権謀術数は半端ではない。政治さえ動かしながらライバルをけ落としていく様子や、そんな中不遇から立ち上がっていく主人公の強運と人間的な魅力が見事に描かれていると思う。

今は、引き続きTSUTAYAで「武則天」を借りながらAmazonプライムで「狼琊榜〜麒麟の才子、風雲を起こす」を見ている。前者は唐の時代の中国が背景で、史上唯一の女帝「武則天」となった武如意が主人公。これも「ミーユエ」同様、後宮の女たちのドロドロした争いの中で次第に力をつけていく女性の話だ。後者は復習劇ともいえるもので、逆賊の汚名を着せられて壊滅した一族の生残りである主人公が「麒麟の才子」として復習を果たしていくというもの。後宮ももちろん出てくるが、主人公・梅長蘚の才子ぶりが見事。登場人物も多才でそれらがからみあっていく様子にも目が離せないのであーる。

「武則天」も「狼琊榜」もまだ半分も見ていない。しばらくは楽しめそうである。某局の大河ドラマを見なくなって久しいが、思わぬところでおもしろいものを見つけた。ふふふ。

| - | 09:16 | comments(0) | - |
雑誌のゆくえ

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「六月社」という雑誌図書館が閉館した。閉館のニュースを知ったのは朝日新聞デジタル6月6日付の記事で、10日に閉館とあった。雑誌の図書館といえば「大宅壮一文庫」が有名だが、「六月社」も20年前には月に1000人が訪れるほど利用者が多く、私営の雑誌図書館としては「大宅壮一文庫」に並ぶ存在だったという。

いつだったか忘れたが、「大宅壮一文庫」も運営が厳しいという話を聞いた記憶がある。大宅映子さんが懸命に存続に務めておられるようだが、「私営」という立場は厳しい。何らかのかたちで公の援助がなければその将来は明るいとはいえないだろう。一度は行きたいと思いつつ、差し迫った目的もないので行かずにいる。そういう人は少なからずいるように思える。

インターネットを始めとするデジタル社会が一般的になって以来、わざわざ出かけていかなくても用が足りるようになった。図書館に行く目的は主に調べものをするためだと思うが、行かずとも情報が手に入るのであれば人はラクな方を選ぶ。また、たとえば私が若かったころに比べて雑誌に対する期待度が格段に低くなっているような気がする。雑誌以外のメディアがいくらでもあるし、それぞれの雑誌の個性が昔ほど明確に感じられなくなっている。もちろん私見だが。

かくいう私も雑誌をほとんど買わないようになってしまった。本をできるだけ増やさないようにしているということもあるが、雑誌は一回読んだら終わりというケースが多い。いつかまた読みたくなるだろうと思って保存しておいても知らぬ間にどんどん古びて結局処分することになる。興味があるページだけスクラップしようとしたこともあったが、手間が面倒でやめてしまった。

それでもいくらかは雑誌がまだ家にある。つい最近まで「Brutus」の創刊号があったが、思いきっていつも本を送っている七月堂古書部に送ってしまった。「ku:nel」もリニューアルしてからめっきり興味を失い、以前買いためておいたものも送ってしまったし、「Arne」も一部を除いて古書部行きにした。

「散歩の達人」などのタウン情報誌もいくつかまだ手元にあるが、街はどんどん変化していくから古いものはあまり参考にならなくなってきている。近いうちに処分対象になるだろう。わが家からどんどん雑誌が消えていく。

これからも雑誌はなくなりはしないだろう。が、息が長い雑誌はどんどん減っていくだろう。生活情報に関しては「暮しの手帖」くらいになってしまう? そもそも本屋に行くことがめっきり少なくなったから立ち読みさえしなくなった。これは私だけではないだろう。リトルプレスが年数回発行する雑誌が今はおもしろいと思っているが、活字離れが続く昨今雑誌はどこへ行くのだろうか。

*あ、「家庭画報」なんかも息が長いですね。

| - | 11:06 | comments(0) | - |
「見せびらかす」

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・・・梅雨時の貯水池はしんと静か。鏡のようだ・・・

 

先日、ある人から「見せびらかしたいんでしょ?」と言われた。私がきものを着て出かけることについてで、特別悪意があったわけではないと思う。それを聞いた時、一瞬「はぁ?}と思い、次にムカッとし、しばらくして「なるほどね」と腑に落ちる部分があった。

きものを着始めてまだ1年になるかならないかである。見せびらかすような余裕は全くない、というのが私の中での意識である。着てでかけるのは練習のひとつだと思い、意図的に出かける用事を作ってきた。行きたくない場所に無理やり行くのではなく、今までであれば面倒になってスルーしてきたものを利用している、といった方がいいかもしれない。

見せびらかすどころか、内心ドキドキなのである。少しは慣れてきたが、見知らぬ人に声をかけられると内心ビクッとする。きものを着る人の中には親切心から着付けの弱点をそっと教えてくれたりする人がいるという話も聞いているし、自信がないものだから自意識過剰気味になっているのだろう。

幸いなことに今のところそういったことはないが、都会の人は他人のことに口を出さないことが多いから、どう見られているかわかったものではない・・・と思う。しかし、今は人の目を気にしつつ自分が慣れていくことだと思っているので、その緊張感をできるだけ楽しむようにしている。

そんなわけなので、「見せびらかしたいんでしょ?」と言われて少なからず驚いた。私が思う「見せびらかす」は「見せつける」「ひけらかす」「得意げに見せる」など嫌みな態度だから腹立たしくも感じた。なにを!と反論しかけてやめておいた。そういう話を進めて場の雰囲気を壊したくなかったこともあるが、長々と説明することが少し面倒になってしまったのだ。

少し時間が経過してみると、そもそも「きもの」というものが今どきの世間一般の人にとって特別なものとして受け取られていることに思い至った。私だってつい2年前までは自分とは縁がない、遠い存在だったのだ。また、「きもの」は贅沢品だという意識も根強い。確かに「着道楽」とは洋服のことではなく「きもの」のことといった方がふさわしく、ごく手ごろな「きもの」もユニクロのような価格では買えない。

そんなこんなを考え合わせれば、「きもの」を着ているだけで「見せびらかし」と思われても不思議ではない。どのように着ているかなどよりも、着ていることそのものがそのように見られてしまうこともあるのだ。

当人がどのような意識であるかとは別に、何かを人目に曝せば「見せびらかしている」と思う人がいる、ということだろうか。そうであるなら、「自己顕示」も「自己表現」も「見せびらかし」かもしれない。そうなってくるとファッションも芸術も「見せびらかし」の一種ということになる。

とどのつまり、「見せびらかしている」かどうかは見る側の問題だということなのかもしれない。人がどう見るかを気にするよりも、自分が何をしたいかに重点を置けば、「見せびらかしている」と思われようが見られようが気にすることはない・・・と割り切れれば人生もう少しラクになるのだが。

そういえば、facebookやInstagramもある意味で「見せびらかし」だといえるのかもしれない。どこで何を食べたか等々こまめにアップされる記事を見て、「見せびらかしてやがる」と思う人は少なからずいるような気がする。当人は単なる記録のつもりであっても見る側はそう受け取らないこともある。たいていは楽しい経験がアップされるので、自分の不幸な境遇をかこつ人は不愉快になるのかも。

「インスタ映え」などは互いに「見せびらかし」合って、それを楽しむという趣向なのではないだろうか。周囲と違うことを怖れる意識、あるいは画一的な教育姿勢などが散見される中、「見せびらかし」合うことが流行っているというのもなんだかおもしろい。仲間同士の軽いネタとしての「見せびらかし」もある、ということだろうか。

他人の目はなかなか厳しいものがあり時には怖くさえあるのだが、最も恐るべきは自分の目だと思う。自分の目が曇ることが私は最も怖い。他人から「見せびらかし」だと言われることを気にしていたら、自分の目も伏せがちになろう。還暦過ぎの居直りということもあると思うが、人の目はほどほどに気にしながら視線は下げずわが道を歩いて行こうと思う。

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井上安治〜「東京名所図」

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・・・吾妻橋も昔はこうだったのか。安治には橋の絵も多い。・・・

 

先月「日曜美術館」で取上げていた版画がずっと記憶に残っていた。明治時代の東京を題材にした版画の数々・・・作者は井上安治。その時はじめて聞く名前だったが、番組の中で杉浦日向子さんに「YASUJI東京」という著作があることを知り、たぶん私にも縁がある画家だろうと思った。

井上安治(1864〜1889)。浅草並木町(現雷門二丁目)生まれ。わずか25年の生涯である。子どもの頃月岡芳年に弟子入りしたが、15歳で小林清親を師事し弟子になる。17歳で版画家としてデビューし、清親のバックアップもあって次々と東京の風景を作品にしていく。1881年に清親が光線画といわれていた手法の作品制作を辞めるとそれを引継いでいたが、1884年に井上探景と画号を改め、「開花絵」「風俗画」などを手がけるようになる。しかし、若いころの作品ほど評価はされていない。

小林清親という人は無口な大男であったらしい。その大男の後を安治もまた無言でついていき、師の絵を身近で見ながら淡々と自分も絵を描いた。清親は先に触れた「光線画」で有名になった人で、光と影のコントラストを効果的に使った作風で一世を風靡した。

その清親と弟子である安治は当然ながら同じ題材で作品を制作しているが、日向子女史も指摘しているように雰囲気が微妙に違う。日向子女史が「YASUJI東京」で触れているように、清親の画面からは音が聞こえてくるような気がするが、安治の絵はひっそりと静まっている。無音の画面は、ただそこに、目の前にあるものを描いただけ、という単純素朴ささえ感じられる。

しかし、不思議なものだと思う。まだ自我が完成していなかったかもしれない10代に描いたものが、まぎれもなく安治の作風として評価されているのに対して、画号をあらためてからの作品がある意味族にまみれたものとして省みられないというのは。

安治は目と手だけだ。

思い入れがない。

「意味」の介入を拒んでいるかのようだ。

(「YASUJI東京」)

安治がもう少し長生きしたら、作風や題材は変化していったのだろうか。なぜか想像することができない。

調べていたら、数年前茅ヶ崎市美術館で安治生誕150年記念の展覧会が催されていたことを知った。図録がまだ残っているようなので注文したものが今手元にある。夜景が多く、そこに描かれている人はぼんやりとした影だったり後ろ姿だったりすることが多い。自分の感性を絵の中に投影しようという思いを感じさせない。やはり不思議な絵だと思う。

*一度だけ行ったことがある那珂川馬頭広重美術館で「小林清親と井上安治」が開催されている。

*行きたいけど・・・遠い・・・7月8日までかぁ・・・

*やっぱり実物を見たいなぁ。

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「線量計が鳴る」

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梅雨寒の日曜日、俳優・中村敦夫さんの「線量計が鳴る〜元原発技師のモノローグ〜」という朗読劇を鑑賞。東日本大震災から7年が経過し、自分の中にくすぶり続けている理不尽への憤りが揺り起こされたような気分になって帰路についた。

主人公は福島第一原発で配管技師をしていた老人だ。生まれは双葉町。原発で働いていたころは順風満帆な暮らしをしていた。しかし・・・原発事故が起き、その実態のひどさにがく然とし、内実を訴えようとして会社をクビになり・・・すべてを失った。酒に溺れてケンカし留置場に入れられた時、このままでは死ねないと思う。

劇では原発の様々な実態が明かされる。設計者がその危うさを指摘していたこと、日本に原発が入ってきた理由、利権に群がる人々、御用学者たち、御用マスコミ、放射線医学界の謎、チェルノブイリ視察体験・・・時折スクリーンに簡単な表やグラフ、用語解説などが写される。電源三法、原子力安全保安院、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構。IAEAと密約がある)・・・原爆に関係するABCC(原爆生涯調査委員会)まで出てきた。

劇の内容は中村さんの公式サイトなどを見ていただければわかると思うので割愛するが、約2時間たっぷり使ったその内容の濃さに感動した。

偶然なのかわからないが、昨日の毎日新聞朝刊にこの劇のことが取上げられていた。一面に『舞台から「原発」を問うー俳優・中村敦夫78歳の挑戦』、4面は全面を使った取材記事になっており新聞社としても力を入れていることがわかる。

中村さんというと「木枯し紋次郎」というイメージが強いが、東京外語大を中退して俳優座に入り、アムネスティ・インターナショナルの日本支部設立にかかわるなど政治的な活動を長く続けてきた人でもある。参議院議員であったこともあり、「地球発22時」のキャスターも務めた。

もともと権力に対する反骨精神がある人であり、この劇を作るために何度も福島を訪れ、資料を読み込み、チェルノブイリを視察し、自らが動いて脚本を書かれている。それだけに発せられた言葉は重く、私たちの心を打つ。

できるだけ多くの人に見てもらいたい、聞いてもらいたい舞台である。今回の横浜講演で34回目(確か・・・)とのことだが、今年いっぱいは各地を回るスケジュールがびっしりのようだ。かなり体力を使う舞台だと思うが、100回まではと考えておられるようだ。年齢的なこともあり、万が一舞台で倒れるかもしれないが、それはそれで本望という言葉が耳に残る。「死ねと言われれば死ぬ。そういう日本人にはなりたくねえんだ」という台詞は俳優本人の思いでもあるのだろう。

中村さんの公式サイトに今後のスケジュールが掲載されているので、都合がつきそうな方にはぜひ行っていただきたい。あまり大きな劇場ではやらないと思うので、当日券がないこともあるとか。私もfacebookで今後をフォローしていく。

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