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“男前”で行こう!

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「きものじごく」に落ちてから3ヶ月が経過した。当初は炎にまみれて周囲も自分もよく見えない状態だったが、ここにきて少しは落ち着いてきたように思う。が、「じごく」は「じごく」なので、油断すると思わぬ禍(つまりは、買い物の失敗)をしてしまいかねないので、気を引き締めなくてはいけない。

が、「じごく」は誘惑が多い。見聞を広げるためと言い訳しつつ毎日眺めているヤフオクにも誘惑はあるし、先だって買い物をした銀座・青木は頻繁に更新してくれちゃって。なおかつ来月早々には銀座の松屋できもの関係のイベント(七緒の「和トセトラ」)がある。見なけりゃいい、行かなけりゃいい、のだが、そこはね、「じごく」だからね。

何でもそうだが、方向性をきちんと定めたりターゲットを絞り込んだりしないでいると、道に迷ったり大きな損害を受けたり無駄な時間、体力、金を使うことになる。私はモノに関してはけっこう好みがはっきりしている方だが、その一方で浮気心というか目移りというか気が多いというか、そんな困った性質も併せ持っている。それをきっちり自覚しないといけない。

もともと私は洋服もシンプルなものが好きだ。デザインも色柄も。持っているものを見ても、柄物より無地の方が断然多いし、柄物はストライプかチェックのみといってもいいと思う。時として気が狂ったのか!?と思うような大柄に手を出すことがあるが、それはあくまでも例外。

きものについても、この好みは同じで無地に近いものだけを着るようにしたいと思っている。完全な無地もいずれは欲しいが、とりあえず遠目には無地に見える程度にしておこう。帯も無地に近いものか、無地にワンポイント柄が入っているものがいいので、「染め」の帯より「織り」の帯の方がいいかもしれない。

そのくらいの基準はできていたが、あと一歩つっこんだ方がいいと思う。これではまだまだ甘い。自分の性格を考えるとあれこれ手を出してしまいそうだ。ということで、あれこれ考えてとりあえず結論を出してみた。

“男前”で行こう!と。

“男前”というと普通は「いい男」を意味するが、もちろん私は男ではないからにして単なる雰囲気のことだ。一頃“ハンサム”なスタイルというのが女性ファッション誌で流行していたと思う。あれに近いといえば近いかもしれない。男性のきものスタイルをそのまま真似するわけではないが、色使いなどはどちらかというと女性のものより男性のものに近くしたい。きものも帯も黒、グレー、茶、ベージュ、紺を基本とする。帯上げ、帯〆も同様。あまりに味気ない時は帯〆や帯留で少し工夫する。

この基準からはずれるものは、いくらいいものであっても、気持ちがそそられても手を出さない。いいなぁと思いながら見ているだけにする・・・つもり(^^;) 髪はショートカットにするつもりはないので、今のままで結い髪にする。頭だけは女っぽく、ね。顔はまあ、どうしようもないわな。

そんなこんな偉そうなことを書いてはみたが、自分で着られないことにはどうしようもない。もう少しあたたかくなって腕が動くようになったら着付けを習いに行く段取りをしたい。とりあえずきちんと着られるようになるまである程度時間はかかると思うし、先は長い(たぶん)からゆっくり、ゆっくり、とせっかちな自分に言い聞かせているところだ。

幸か不幸か手ごろな値段で手に入るリサイクルきもの(仕立て済みの新品を含む)で自分に合うサイズのものがほとんどないことがわかった。きものはある程度サイズにも自由度があるが、裄丈だけは調整がきかない。身幅もあまり広いと皺がよったりしてかっこよくないだろう。帯も既製品は長すぎるので締めにくいと思う。

オークションには未仕立てのものもたくさん出ていて油断ならないのだが、仕立てサービスをやっているといっても技術がわからない。基本的に、きもの(長着)は師匠に仕立ててもらいたいと思っているのだが、我が師匠、腕を買われて現在超多忙。私もすでに長襦袢以外に2つ3つ頼んでいるものがあるので、しばらくは頼めない。頼んでいるものができ上がったら、次を考えるくらいの方がお互いのためかもしれないと思っている。

次に頼みたいのは・・・(もうこれだ!)、江戸小紋かな。黒の万筋をきりっと着こなすのがささやかな夢だ。「鮫」や「行儀柄」もいいが、やっぱり“男前”なら万筋のような気がする。へへへ。

| - | 08:11 | comments(0) | - |
サヨナラ、ソニプラ!

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・・・50年を振り返るコーナーも。あれもこれも懐かしい!!・・・

銀座・数寄屋橋交差点にあるソニービルが今月末で営業を終了する。その後ビルは解体されて地上は公園になり、地下5階の商業施設になるらしい。公園は2020年のオリンピックが終わるまでで、その後はまた地上にビルが建つ予定とのこと。

先日銀座に出たついでに、「これでソニープラザも見納め」との思いを胸に立ち寄ってみた。だいぶ前から「ソニープラザ」ではなく「プラザ」という名称になったと思うが、私にとってはやはり「ソニープラザ」なのだ。小学生のころから親しんできた者にとっては。

銀座のソニープラザ(正しくは「 PLAZA GINZA」)のオープンは1966年。小学校高学年の時に妹と行った記憶があるので、オープンして1〜2年後ということになる。当時地下2階の売場中央にはソーダファウンテンがあり、そこでコーラを飲んだりホットドッグを食べたりするのが楽しみだった。

今でこそ様々な輸入品が街に溢れているが、当時はまだアメリカに対する憧れのようなものがあったと思う。ノートひとつとってみても日本では見かけないデザイン、色、紙質のものばかり。カラフルなクリップ、愉しいデザインのメモ、かっこいいボールペン・・・私たち小学生が興味を持ったのは主に文房具類だった。それほど頻繁に行ったというわけではないが、年に数回お年玉や貯金していた小遣いを持って銀座に行くことは私たちにとって特別なイベントだった。

以来50年・・・銀座という街は私にとってやはり特別な街、東京で一番好きな街であり続けている。海外ブランドのビルがどんどん立ち並び、旧き良き銀座の面影はどんどん薄れてきているにも関わらず。たぶんそれは、子どものころの思い出がそうさせているのだと思う。

ソニープラザは「プラザ」と名を変えて、首都圏の商業ビルにテナントとして数多く出店するようになった。私にとって一番近いのは横浜のルミネやジョイナスに入っている店だが、やはり銀座店が一番好きだった。銀座に出ることがあれば、最後に立ちよりそのまま地下鉄に乗る・・・これが50年続いた私の習慣でもあった。

今の店は今月末で閉店するが、すぐに2店舗が銀座に出来る予定だ。5丁目のEXITMELSAには「PLAZA銀座」、6丁目のGINZA SIX(松坂屋の跡地に建ったやつね)には「#0107 PLAZA」ができる。オープンしてしばらくしたら行ってみようと思っているが、私の記憶の中に残っている「ソニープラザ」はもうどこにもなくなっているだろう。それはそれでよい。楽しい思いでをありがとう!ソニプラ!

*閉店に伴うキャンペーンなのか、キャンディーのおまけをもらったぞ。

*papabubble風のオシャレなやつ。ポリポリポリ・・・

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| - | 08:36 | comments(0) | - |
足袋選びでも苦労するわたくし

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着物を着るとなると絶対に必要となる足袋。靴選びではかなり苦労したが、今度は足袋選びの難しさを経験している。靴下なら大きささえ合っていればどうということもないのだが、足袋はそうもいかぬ。長さが合っていても幅が合わなければ皺が寄って見た目がよろしくない。できれば、履きやすく見た目もすっきりした足袋を・・・と思っているがこれがなかなか。

足袋を求めて最初に行ったのが、銀座にある大野屋である。歌舞伎座の斜向かい、角地にあるこの店は何度か前を通っているので知っていた。古い和装用品の店だと思っていたが足袋のサイズを取りそろえ、試着もできるというのでいそいそと。

「足幅がないので」というと奥から2種類持ってきてくれた。足袋は靴のサイズよりひとつ小さめのものがいいといわれている。靴の場合私は23.5か24.0なのでまず23.5を。指の先が当るような気がして24.0も履いてみる。こちらは前より当らない。が、いかんせん皺がけっこう寄る。うーん・・・少し当るけど23.5の方がいいかなと思いつつ、もっと幅が狭いものはないか聞いてみた。が、試着したものが一番幅が狭いものだとのこと。しかたなく、23.5を購入。

やっぱりダメなのかなぁ、私の足って。とネットでいろいろ調べてみたら、福助からストレッチ性のある足袋が出ていることを知った。サイズも4サイズある。そこで「ほそ型」よりさらに細い「ささ型」を1足ご注文。届いたらすぐ履いてみたら、多少皺は寄るがまずまず。これで妥協するしかないかな・・・と思った。

後日、草履を買いに浅草の長谷川商店に行った時、店の女性に足袋のことを聞いてみた。「めうがや」ならサイズもいろいろあると教えてもらったが、その日は調度定休日。「めうがや」ってどこかで聞いた事があるぞ、と思いそのうち行ってみようと思った。足元は大切だ。できるならすっきり足袋を履きたいのである。

昨日出る用事があったので、浅草まで回って「めうがや」に行ってきた。ウェブサイトだと「祭り用品専門店」となっていて少々不安だったが・・・いざ行ってみたら店構えといい応対に出た人の雰囲気といいなかなかのもの。

店に入ると奥から「いらっしゃいまし」との声。「いらっしゃいませ」ではなく「いらっしゃいまし」だ。その声の後から小柄なご老人が静かに出てきた。「足袋が欲しいんですけど、合うのがなかなかなくて」と言うと、まずサイズを測りましょうということで裸足に。定規で足の長さを測り、奥から一足持ってきてくれた。履いてみると少し親指が当るような気がするが悪くはない。皺はやはり多少寄る。

「この皺が気になっちゃうんですよね。でも、ぴったりするのはないかもしれませんね」と言うと、「そうですねぇ。ここまで細いとなかなか・・・」。やっぱりね。

着物の日常的に着る人なら誂えるという手もある。が、私はそこまでではないし、誂えるにはそれなりに費用もかかる。ここでも妥協することにした。ただ、「めうがや」は気に入った!履き方のコツ(最後のこはぜをかける時は膝を前に出すような体勢をとり、足の甲の部分にすき間がなくなるように履く)や手入れの仕方まで教えてくれたし。

手元には3種類の足袋が集まってしまった。とりあえずこれらを何度か履いてみて、一番いいものを足して行こうかと思っている。靴選びでも相当ベテランのシューフィッターに「お客様のような方は、本当は型を作ってオーダーした方がいいんですけどね」と言われた。金に余裕があるならそうしたいところだが、そうもいかない。履物選びには苦労する運命にあるとしか思えないが、こちとら半分くらいは江戸っ子だい!履物にはこだわるぞ!

ところで、草履を頼んだ長谷川商店はとてもいい店だと思った。なにせ種類が豊富だし、対応もきめ細かい。専門は卸だとのことだが小売もしてくれる。気に入った台と鼻緒を選ぶのだが、それがまた楽しい。値段も良心的で評判もよい。ただし、支払いは現金のみで、仕上がりは現在のところ3週間後。職人が減って仕事をこなすのに苦労している様子だ。なんとか職人が増えるといいなと思う。

下駄が置いて合ったので履かせてもらった。店のおすすめはサンダルのような下駄ではなく、昔からある桐の駒下駄。歩くとカランと乾いた音がしていい感じだ。慣れるまで少し苦労するかもしれないが、いつかは1つ欲しいものだ。メンテナンスもやってくれるから、鼻緒を取り換えながら履き続けられるだろう。

4月に入ったら連絡が来ると思うので、次に行く時には足袋を持って行く。鼻緒の微調整をしてくれるのだろう。選んだのは藤色を帯びたグレーの台にアイボリーに少し金が入った皮の鼻緒。黒っぽいのも欲しいなぁと欲にはキリがなくて困る(^^;)

*世間で起きていることが気にならないわけではない。

*とくになんとか学園の件とか。証人喚問の件とか。

*ありゃ、もらっているね、たぶん。

*マスコミ各社の扱いが違っていて、それぞれのスタンスがよくわかるな。

| - | 07:50 | comments(0) | - |
試しにチクチクやってみた。

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・・・展示会で見たものはもっと縫い目が細かく揃っていた。まだまだですな!・・・

 

「BORO」展で刺子の技術に感動した弾みで、刺子をやってみよう!と思い立った。なにも「菱刺し」や「こぎん」をやろうというわけではない。ただひたすらちくちくと縫っていくだけ。当時の女性たちがどれくらいの労力をかけて刺していたか、また刺子をすることによりどれくらい布がしっかりするのか、自分で試してみたくなったのだ。何事もやってみないとわからない。

展示会場で見た刺子は、照明の関係もあると思うが非常に細かかった。布と色が違う糸で刺されていればわかりやすいのだが、布を織った時に使ったのと同じ糸ではないかと思えるほど似た色で刺してあると、顔をぐっと近づけてもほとんど縫い目が見えない。触ってみると確かに刺子が施されているのだが、なかなか見えないのだ。それでもなんとか確かめてみたが、縫い目がかなり細かいことに驚いた。

前述の「ドンジャ」ではかなり荒く布が縫い合わされていた。けっこうアバウトに、しかし次から次へと小さな布を重ねていったという感じだった。が、もう少しあとの時代のものだろうか、野良着を補強したりオシャレに見せたりするために施された刺子は非常に細かい。

風合いを確かめたくて入手してあった遠州木綿の端切れを使ってみた。薄手の紺色を2枚合わせ、まず1センチ間隔でステッチ。糸は手元にあった刺繍糸(25番。2本どり)。次に生地と最も似ていると思われる糸でその間を埋めるように刺してみた。結果的に約2ミリ間隔になった。ステッチすることにより布にはわずかなシワが寄り、全体として見ると波模様のように見えてなかなかよい。そして、薄手の生地2枚合わせただけよりもずっとしっかりしたものになった。なるほど、なるほど、こういうことだったのね、と納得した次第だ。

こういうことをやりはじめると止らなくなる性分なのだが、わずかな面積を刺しただけで腕が・・・(T.T)あまり手を使わないよう言われていたのに夢中になってやっていたものだから、右腕をまっすぐ伸ばそうとするとかなり痛い!泣く泣く今回はこれでお終いにするが、もう少し腕がよくなったら今度は麻布で試してみたいと思っている。

| - | 08:04 | comments(0) | - |
22日は猫に語らせる日・・・のはずが・・・・・強行飛び入り担当:カメタロウ

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オッス!超久しぶりのカメタロウだぜ!猫が出てこなくてガッカリしているヤツには悪いけど、今日はオレだよ。知っているヤツいるかなぁ。その昔すみごんが「猫ブログ」なるものをやっていて(今でもみっともなく一部が残っているらしい)、オレが突然登場したわけよ。けっこう評判よかったみたいだから、またオレを出せ!ってさんざん言ってきたけど、“22日だし”とか“猫に語らせる日だし”とかいいやがってよ、全然オレを出してくれないわけよ。カメは寿命も長いけど気も長いよ。でもな、いくらなんでもひどいと思うだろ?だろ?

で、オレは今日担当のはずだった茶白のオバチャン猫に言ってみたわけよ。オレを入れてくれないかなーってさ。そしたら、やっぱ猫も年をとると思慮深くなるね。「いいわよ。あたし、来月誕生日があるし、1ヶ月遅れても」だってさ。へへへ。

はじめてのヤツが多いと思うから一応言っておくけど、オレはこの家で一番の古株よ。ずっとオレの世話をしてくれている(といってもなかなか水を替えてくれないが)オッサンより古いぜ。すみごんの息子が小学生の時に“カメ欲しい、カメ欲しい”とねだりにねだってオレを選んだんだぜ。それなのに、当の息子はさっさといなくなっちまってよ、すみごんは猫たちにかまけるし、オレの立場はいったいどうなっているのよ!といつも思っているわけよ。

急にブログに出ることになったら、すみごんがオッサンに“写真撮るからカメタロウを洗ってやってね”って命令していたよ。偉そうに!オッサンとオレとのカメの甲羅みたいに硬い絆については前も書いたけど、あの一件があってからオレとオッサンは運命共同体だとオレは思っているわけよ。だからオッサンも素直にオレを洗ってくれたっていうわけよ。あの一件って?めんどくさいなぁ、説明するの。ま、いっか。

ずいぶん前のことになるけどよ、すみごんが出かける時に、“カメタロウの水槽洗っておいてね”ってオッサンに頼んだのよ。オレの家はさ、なんでも「メゾネット」っていうやつらしくてよ、水槽(っていうほど高級じゃないぜ。プラスティックの安物だぜ)を洗う風呂場に行くためには階段を下りなくちゃなんないわけよ。オレと水と甲羅干し用の島が入った水槽を持って階段を下りる途中で、オッサンが足を踏み外した!・・・さて、どうなる!

普段は偉そうにしているオッサンだけどよ、根はマジメなんだな。手を離したら水槽ごと落ちると思ったらしく、ずっと持っていたわけ。で、オレは水槽から放り出されることもなく無事だったんだけどよ、おっさんは足をくじいてしまったんだぜ。しかも!オレの糞尿(朝からスマン!)がたっぷり入った汚水を顔に浴びたんだぜ。しかもしかも!その水が口に入ってしまったんだぜ!それでも水槽を放さなかったオジサンをオレは好きになったというわけよ。感動して目が「うるうる目」になってしまったよ。

それに引き換えすみごんといえば、夜に帰ってきて事の顛末を聞いたら、涙を流して笑いやがったよ。“ひゃー!それはそれはご愁傷様!”なんて言いながらよ。全くもって冷たい女だよ。だから、それ以来オレはすみごんがたまーにオレに向かって“カメタロウ、元気?”なんて話しかけても、甲羅の中から顔を出さないことにしているのよ。それによ、オレ自身はわからんけど、あの一件以来オレの目がかわいい目になったと言われているんだぜ。感動して「うるうる目」になったのが定着したんだな、きっと。愛を知ったらカメの目もかわいくなるっていうことなのかもしれないな。

そてにしても!カメタロウっていう名前、どう思うよ。どうよ?一番後に来た猫には“大介”なんてかっこいい名前を付けているくせによ、カメタロウだぜ、カメタロウ。カメだからって安易すぎるってもんだぜ。キンタロウとかモモタロウの方がまだいいような気がするよ、オレは。小学生のガキがつけた名前だから仕方ないけどよ。

そうそう。若かりしころの(今でも十分若いけど)オレのワイルドな一面をみんなに教えてやるよ。夏のことだったと思うけど、すみごんが息子を連れて祭りに行ったんだな。で、金魚すくいならぬ「おたますくい」をやってきたんだわ。おたまじゃくしをすくうってやつみたいよ。その「おたま」、アマガエルとかの「おたま」じゃないぜ。ウシガエルの「おたま」だぜ。そりゃ、でっかいぜ!

やりたくてすくってきたはいいけど、家にかえってきて「おたま」を入れるものがないっていうことに気づいたすみごんと息子は、よりによってオレの水槽に「おたま」を入れやがったさ。ふふふ。カメってよ、草食じゃないぜ。雑食だぜ。ってことは・・・ふふふ。もうわかっただろ?オレはよ、みんなが寝静まった夜を待って「おたま」をむしゃぶり喰ってやったぜ。いつもはカメ用のカリカリしたやつしかくれないから、そりゃもう新鮮な「ナマモノ」はうまいのなんのって!

翌日の朝起きてきて水槽をみたすみごんはびっくりしていたさ。息子なんぞ泣きそうな顔してたさ。自慢じゃないけど、オレの食い方はワイルドだぜ。きれいに食べるなんて上品ぶったところなんぞ微塵もないぜ。食い残しがあちこちにあって、それを見た二人はショックを受けていたよ。ざまみろ!カメをバカにしちゃいけないってわかったか!とオレは内心ウハウハよ。

ま、それ以来オレは「ナマモノ」を喰っていないな。つまんないな。猫たちには時々刺し身を買ってくるくせによ、オレにおすそ分けしようっていう気にもならないらしいよ。たまにはメダカでもくれないかなぁってオレはひそかに思っているけど、無理だろうなぁ。

さて、オレに語らせるとカメだから延々と長くなるからそろそろやめろってさ。次に出てくるのはいつになるかわからないけど、みんなオレのこと覚えていてくれよな!すみごんに「もっとカメ出せ!」って言ってくれるとありがたいぜ。じゃあな!

| - | 06:10 | comments(8) | - |
「オシャレ」とは何だろう。

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昨日に引き続き「BORO 美しいぼろ布展」の話題。何代にも受け継がれてきた「ドンジャ」は、“美しい”というより“すさまじい”という印象を受けた、と書いた。今日は“美しい”と感じたものを。

東北地方には見事な手仕事がたくさんある。青森県ならまず刺子を思い浮かべる人も多いことだろう。「南部菱刺し」「津軽こぎん刺し」はその代表ともいえる。まるで織物のようにみっちりと規則的に図柄を刺していくものだが、これらもまた「暮らしていくため」のものだった。

綿という素材は、今でこそ一般的かつリーズナブルな印象がある。が、その昔綿は貴重品であり、贅沢を禁じていた幕府から栽培を許されていなかった。当時一般的だったのは麻だったそうで、東北の人々は麻を栽培し、糸にしてそれを織り、自分たちの衣服を作った。麻というとさらっとした感触が魅力の素材で、今なら夏向きの素材として受け止められていると思う。通気性がいいので汗ばむ季節は実に気持ちのいい素材だ。

しかし、逆に考えてみると厳しい寒さの中で着るものの素材としては不向きといえる。そこで、昔の人たちは麻の生地にびっしりと刺子を施し保温性を高めた。薄い麻の耐久性を高めるという目的もあっただろう。しかし、ただ保温性や耐久性を高めるためなら、あれほど美しい図柄を刺しただろうか。

数年前、十和田現代美術館で田中忠三郎氏の収集品と現代アーティストのコラボレーション展示があったようだ。詳しくはその動画を見ていただきたいのだが、当時の女性たちが乏しい材料を大切にしながら、他の人と少しでも違うもの、自分をよく見せてくれるもの、を作ろうとしていたかがよくわかる。展示されている「タッケ」と呼ばれるズボンも、よく見ると同じ柄はひとつとしてないという。アミューズミュージアムにも「タッケ」の展示があり、顔を近づけてまじまじと見てみたがそれはもう見事な手仕事だ。

昼間は農作業などがあるから布に向かうのは夜だろう。電気のない時代、明かりといえば蝋燭や囲炉裏の火だっただろう。そんな明かりを頼りにしながら、毎晩少しずつ刺していったのだろう。できあがった時はさぞ嬉しかっただろう。などと想像しながら、私はそこに「オシャレ」の源を見るような気がした。厳寒の地の貧しさの中、「少しでも美しく」ありたいという願いが一針一針にこめられている。それはまぎれもなく「オシャレ」心だ。そして、なんといじらしい、愛すべき心持ちなのだろう。

省みて、金さえあれば何でも手に入る現代、私たちは彼女たちより「オシャレ」になったのだろうか。ファストクローズをどんどん買い、どんどん捨て・・・ブランドにこだわって着飾り・・・自分が着るものを自分で作っている人はごく少数・・・もしかして私たちは「オシャレ」に関しては劣化しているのではないかとさえ思えてくる。

使えるものが限られている時、人はあれこれ工夫する。頭を働かせ、感性を研ぎ澄ませる。ありあまる物に囲まれていれば、そんな気にもならないだろう。私などラクな方へと流されがちなのでなおさらである。見事な刺子を見ながら、いろいろ考えてしまった小一時間であった。

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BORO 美しいぼろ布展

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先週、浅草にあるアミューズ・ミュージアムで開催されている「BORO 美しいぼろ布展」に行ってきた。この展示を知ったのはごく最近だが、昨年4月から開催されている。「ぼろ布」を展示するというユニークなミュージアムで、とかく名の知れた美術館に目が行く私のアンテナに触れなかったということだろう。今はおもしろい展示をやっている小さな美術館がたくさんあるから、もう少し視野を広げないといけない。

アミューズ・ミュージアムは在野の民族学者である田中忠三郎氏(故人)との出会いから生まれた美術館だという。田中氏についてはいつか機会をみつけて書きたいと思っているが、20代のころから下北のアイヌに関する調査や縄文遺跡の発掘をはじめた方で、その後研究範囲を江戸〜昭和初期まで広げて衣服や民具の収集・保存活動をされた方だ。どのようなことをされてきたかは、著書「物には心がある」に詳しい。

さて、今回の展示。けっこう軽い気持ちで行ったのだが、展示されているものの迫力に圧倒されてしまった。とくに、まだ綿というものが行き渡らない時代、極寒の地で寒さをしのぐために代々使われてきたという「ドンジャ」には驚いた。いわゆる「丹前」に近いものだともいえるが、それより大きい。というのも、身に纏うだけでなく布団としても使われていたからで、寒さをしのぐために「ドンジャ」の中で親子が裸になって抱き合い眠ったということを知れば、命を守るためのものでもあるのだ。暖房といえば囲炉裏の火しかない時代、お年よりが「ドンジャ」にくるまって暖をとったりもしていたようだ。

青森の冬は長い。そして人々は貧しかった。1枚の「ドンジャ」は何度も継ぎを当てられ、補強されながら代々伝えられてきた。布の中には糸くずや麻の繊維など入れられるものなら何でも入れたように見える。とても重く、15キロのものもあるという。展覧会のタイトルに“美しいぼろ布”とあるが、私の目には“美しい”を通り越して“すさまじく”見えた。遠目で見れば、様々な布が重なり合って美しく見える。が、間近に見て、そして手で触れてみると・・・そこには人々の苦しみ、悲しみ、歓び、など様々な思いがどっしりと蓄積されているように思えた。それらが、目の前にいる自分にどっしりとおおいかぶさってきそうな気がして少し怖くさえあった。

この「ドンジャ」ひとつとってみても、当時の人々がいかに布や糸を大切にし、暮らしの中で活用してきたかがわかる。貧しかったからといってしまえばそれまでだが、貧しさの中から生まれた「ぼろ布」たちは、次から次へと物を捨てていく現代人が失ってしまったものを確かに持っている、そんな気がする。「ドンジャ」をはじめとする「ぼろ布」の展示を見た後では、高度な技術をもって作られたパッチワークキルトでさえ軽々しく見えてしまうだろう。生きるために作られたものの存在感は、「趣味」をはるかに凌駕する。

アミューズ・ミュージアムは浅草寺の二天門近くのビルの中にある。1階は浅草によくある土産物店のような感じなので少し驚くが、売場を奥の方まで進と受付がある。日本人より海外からの観光客の方が多いように見える今の浅草では、こういうスタイルしかありえないのかもしれない。ここ数年ゆっくり浅草を歩くことがなくなってしまったが、観光客を避けながらじっくり歩いてみれば、旧き良き浅草の片鱗が見つかるかもしれない。

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PHOTO WEEK・・・つなしま桃まつり2017<7>

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家で飲むビールはもっぱらヱビス(金色の普通のやつ)の私は、ピンと来なかった桃ビール。が、来年から飲めるかどうかわからないので、買っときゃ良かった。案外美味しいかもしれないのに。

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PHOTO WEEK・・・つなしま桃まつり2017<6>

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地元の神楽保存会も駆り出されていた模様。ちょっと早いお昼を食べながら、女の子たちは賑やかにおしゃべり。

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PHOTO WEEK・・・つなしま桃まつり2017<5>

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地元産の桃から作られた「ももジャム」。どうということのない素朴な味だが、地元応援ということで1つゲット。

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