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PHOTO WEEK・・・晩秋一日<2>

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寒くなると飲みたくなるのはわかるけれど・・・ちゃんと捨ててくれないと!

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PHOTO WEEK・・・晩秋一日<1>

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朝晩思いのほか冷え込んで、冬めいた日が多くなってきた。様々な影が長く長くのびてゆく季節。X100sを片手にゆるゆると近所を散歩してみた。

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手島圭三郎さんの版画

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以前にもちょっと触れたが、先日行った古本市で一目ぼれした絵本がある。「しまふくろうのみずうみ」だ。作者は手島圭三郎さんという版画家で、この作品は絵本としてはデビュー作のようだ。立ったままページをめくる度に、木版画の素晴らしさを教えてくれるような気さえして迷わず購入した。

フクロウやミミズクは鳥類の中でも特別好きな鳥だ。ワシ、タカなど猛禽類の仲間なので、鋭い爪を持つ肉食の鳥である。昨今はフクロウカフェなどができ、ネットでペットとして飼っているフクロウの動画を公開している人がいるので、“かわいい”というイメージも持っている人も多いのではないだろうか。しかし、見た目はかわいくても、昼間は眠そうにぼんやりしていても、夜になれば獰猛なハンターになるのだ。

ひとたび翼を広げたら、予想以上にそれが大きく力強いことに驚くだろう。あの大きな翼で空を巡る様子を想像するだけで、本来であれば雄大な自然の中が一番似合う鳥なのだと思う。フクロウカフェで見るような鳥ではない。

「しまふくろうのみずうみ」には、北の大地で暮すシマフクロウの親子の様子が描かれている。静かな夜、3羽は湖の近くにやってきて夜のしじまを見つめる。雛鳥は空腹でたまらない。父鳥が飛び立つ。母鳥は雛と一緒にじっと待つ。長い間待ち続け、漸く父が帰ってきて餌を雛に与える。大きな魚だ。父と母は交代で魚を獲りにいき、夜明け前に3羽は湖をあとにする。残ったのはしんと静まった湖だけ・・・そんな話だ。

シマフクロウの親子の一夜にすぎないのだが、場面場面の絵がすばらしくて見とれてしまった。大きな翼を広げて飛び立つ父鳥の姿は圧巻である。鋭い目、嘴、たくましい足と爪・・・フクロウは強くて美しい鳥だとあらためて感じさせてもらった。

表紙にタイトルが印刷されているが、その文字もおそらく木版である。この本は絵のみならず文章も手島さんがてがけており、なかなか味わい深い。

手島さんのプロフィールを拝見すると、1935年北海道紋別市生まれ、とある。北海道学芸大学区を出た後、中学校で20年教員生活を送り木版画家として独立されたようだ。生まれも育ちも北海道ということで、アイヌの伝説などに触れる機会も多かったと思われる。

北海道に生きる動物たちを扱った作品が多く(ほとんどかもしれない)、これもまた先日買った「チピヤク カムイ」などはそれに当る。「チピヤク」はオオシギのことで、アイヌの人たちはその名に“カムイ(=神)”を付けて呼ぶこともあるらしい。

神々の使いとして地上に降りてきたオオシギ(オオシギの姿をした神)が、あまりに地上がすばらしくて帰りがとても遅れてしまい、神々の怒りを買って地上の落とされてしまう。オオシギは北の大地を巡る季節の中で傷を癒し元気になったが、するとまた神々のいる天上が恋しくなる。もどろうとするが、途中で神々の激しい怒りを思いだして地上に戻る。また天上に行きたくなる。しかし、やはりあきらめる・・・

オオシギは4月下旬にオーストラリア南部から北海道、東北地方に飛来し、子育てを終えると秋にはまたオーストラリアに向けて飛び立ち越冬する鳥、だそうな。空の一点から急降下する時は尾羽の一部を張りだし、すさまじい音を立てるという。アイヌの人々は、雷さまと音を競っているものと考え、それだけの力がある鳥を崇める気持ちをもっていたらしい。

この本は四宅ヤエさんという方の語りを藤村久和さんという方が文章化したようで、アイヌの物語のひとつがベースになっているものと思われる。絵は、シマフクロウのダイナミックさとは違うが、オオシギのスピーディーな飛来がよく感じ取れるもので、背景に描かれている北海道の自然も美しい。

木版画は版画の中でも好きな手法で、ぬくもり感のある持ち味は見ていてここちよい。これから少しずつ、手島さんの作品を見たり読んだりしていきたいと思う。シマフクロウの版画があったら欲しいくらいだ。

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結婚の条件

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昨日の夜、息子が彼女を連れてやってきた。高校時代から何度か付き合っている女の子を連れてきているので「何人目?」という感じだが、今回は結婚を前提に付き合っており、半分同棲しているらしい。らしい、というのは頼りないように見えるかもしれないが、独立している27才の息子の行動をいちいち把握している方がおかしい。

すでに相手の家には挨拶に行ってきたようで、年内に私と家人に会わせたいと思っていたらしい。22才で独立してから、ほとんどすべてを自分で決め、苦労しつつ解決してきたことを思うと、自立できて本当によかったと心から思う。息子と同じくらいの年齢でも、まだ親の脛をかじっていたり精神的な独立ができていなかったりしているのは珍しい話ではない。つい先日も妹の友人の息子が社会とのつながりを持てずに苦労しているという話を聞いたばかりだ。

はじめて会ったので、どんな女性なのかまだほとんどわからない。同じ年齢だとのことなので、社会経験もある程度あるだろうし、息子とのやりとりを見ていてもごく自然な感じだったので結婚まで順調に暮していって欲しいと思う。まあ、いつ何があるかわからないけれど。

何故彼女と結婚しようと思ったかは聞いていないが、おそらく話が合うとか共感することが多いとか(彼女のご両親も離婚したようだ)、そんなところなのではないかと推測している。結婚する理由なんてそんなものでいいのではないかと思う。軽く見ているわけではなく、結婚は継続していくことの方がずっと大変だからだ。結婚の条件をあれこれ厳しく設定したからといって、その後幸せになるとは限らない。勢いのみで結婚したように見えて、その後ずっと仲良く暮している夫婦はいくらでもいる。

最近、JPモルガンのCEOと彼のフォーラム掲示板(?)で質問をした某美女との遣り取りをとりあげた記事を見かけた。自分のとても自信がある美女は、年収50万ドル(4000万円)以上の男性と結婚したい、そのためにはどうしたらいいのか、と質問したらしい(記事は、こちら)。

その質問に対するCEOの答えが秀逸であるとネットで盛り上がっているという。CEOいわく、ビジネスマンの視点にたって判断するとあなたと結婚するのは悪い判断である、あなたのやろうとしていることは、自分が持っている「美」と相手の「金」との交換だが、「美」がそのうちなくなってしまうのに対して「金」はそうともいえない。10年後あなたが持っている「美」の価値はかなり心配すべきなので、50万ドル稼ぐような人はバカではないからあなたを「長期保有」したいとは思わないだろう。金持ちと結婚する方法を探るより、自分自身が50万ドル稼ぐ人になる努力をする方がずっとチャンスがあると思う・・・云々。

本当にCEOが答えたのかどうかは別にして、まあまともな考え方だと思う。

一昔前、「三高」なる言葉が流行った。女性たちが結婚に望む条件で、高学歴・高収入・高身長のことをいう。そんな男性を求めてあくせくしていた女性たちの話をよく見聞きしたし、マスコミなどもこぞってとりあげていたと記憶する。

バブルがはじけ、不景気が続く中で女性たちの望みも現実的になったのだろうか。安定志向がかなり強くなっているようだ。株式会社パートナーエージェント(婚活支援会社?)が行った調査(20代後半から30代前半の独身女性1897人対象)では、結婚相手に求める条件は「三NO」らしい。

1位は「優しい」という漠然としたものだが、2位以下は「暴力しない」(妙な言葉だが)、「借金しない」「浮気をしない」など「・・・しない」が高い比率を示しているという。結婚に当ってはリスク要因ができるだけない人がいい、ということだろうか。

結婚の条件も時代とともにどんどん変わって行くのだろう。しかし、2人の人間が関係性を深めていく過程はいつの時代も「やってみなければわからない」し、ある程度理解していたつもりの人に全く違う面を見ることも人間の複雑さを思えば不思議ではない。

また、「結婚しなければ一人前ではない」といった考え方も昔に比べたらだいぶ少数派になってきたのではないか。結婚による様々な苦労から学ぶことは多いが、学び取る力は結婚を通してのみ養われるわけではない。既婚未婚問わず、自分の人生は自分だけのものだ。どのように生きていきたいかさえしっかり考えていれば、それでいいような気がする。

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花鳥の夢

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昨夜はばかに疲れた気がして早めに布団にもぐりこんだ。そして、いくつかの夢を見た。とてもなつかしく、また悲しい思いを伴う人に夢の中で再会した。花鳥渓谷の故・木村暢子さんである。

私は妹と旅をしていた。そして気づくと花鳥渓谷にいた。私が知っている花鳥渓谷ではなかったが、薔薇の大きな茂みがあり、それぞれに美しく花を咲かせていた。茂みの向こうで木村さんが竹箒で落葉を掃き清めていた。落葉があるくらいだから秋なのだろうか。鮮やかに咲いていた薔薇は秋薔薇なのだろうか。

木村さんは、以前お会いした時よりかえってお若いように見えた。小柄だがしっかりした姿で動きがテキパキしているところは前と同じ。よく知らない人とは距離をとるような、丁寧な言葉遣いも。少し離れたところから私は「木村さん!」と声をかけた。「あら、いらっしゃい!」とこたえた笑顔も見覚えのあるものだった。

夢によくあるように、場面が急に切り替わりレストランの中。木村さんは厨房の中で忙しく働いていた。私は花鳥渓谷が閉園してから行っただけなのでレストランがあったことは知っていても中に入ったことはない。さほど大きくはない、しかし居心地のよさそうなレストランの中に、数組の旅行客とおぼしき人々がいた。手伝いの人だろうか、木村さんが作った料理を忙しげに運ぶ女性も数人いた。

皿に盛りつけされた料理は見た目もきれいでおいしそうだったが、私には食べる時間がなかった。もう帰らなくてはいけない時間・・・しかし、私たちの宿は青森だったのだ。十和田湖畔から青森・・・しかも夕暮れが迫っている・・・とにかくバスに乗らなくちゃ・・・本数が限られているのにバスは満員で通りすぎていく・・・支離滅裂だが夢はそんなものか。

3時前に目覚めて、しばらくぼんやりしていた。そしてこの夢がひとつの啓示のように思えた。啓示というよりも戒めだろうか。自分の欲望に振り回されている私に対して、もっとすべきことがあるんじゃないの?大切なことを忘れているんじゃないの?という。

そしてここ数年行っていない十和田湖畔宇樽部を思った。もうすぐ雪に閉ざされるであろう、私の大好きな湖岸を思った。かつてどこにもない楽園のような場所であった花鳥渓谷は荒涼に荒涼を重ねているのだろうか。そういえば、今年の夏に行ったという流郷由紀子さんからのハガキには、クマが出るというので周辺を歩いただけになってしまった、とあった。

ルゴサ系の薔薇はまだ逞しく成長しているだろうか。草の中に埋もれながら健気に咲いていたハイブリッドティたちは今年も咲いたのだろうか。木村さんと一緒に栗拾いをした山栗の木々は、今でもたくさんの実をつけ続けているのだろうか。

切なさが溢れてきて眠れそうにないので、とりあえず起きてしまうことにした。11月も半ばを過ぎ、今日あたりからぐっと冷え込むとの予想が出ている。十和田を思いながら、私は冬を迎えようとしている。

*急に寒くなった感じ・・・

*もうきものは、羽織ものなしではでかけられないかな(T.T)

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おごれる人も久しからず

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祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

娑羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらはす

唯春の夜の夢のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ

偏に風の前の塵に同じ

 

学生時代暗記させられた覚えのある方も多いことだろう。平家物語の冒頭で、今でも時折引用されるので認知度はかなり高いと思う。格調高い響きとリズム感が好きで、暗記するのも苦ではなかった。琵琶を弾きながら語る「平曲」は一度聴いてみたいもののひとつだ。

で、今日は何がいいたいかと言えば、お察しの通り。かつて全盛を誇っていた人が2人、「盛者必衰」を照明するかのような事態を引き起こした。

一人は「希望の党」の代表。圧倒的な支持率で東京都知事に当選した時が彼女の頂点だったのだろうか。その後築地と豊洲問題で右往左往せざるを得なかったが、オリンピックのシンボル柄(?)のスカーフを巻いて常にさっそうとしていた。彼女に「慢心」がなかったとは言えないだろう。

「小池劇場」などと名前をつけて騒いだマスコミもマスコミだが、それをも利用してしまいそうなしたたかさを感じた。しかし、人間にはどうしてもスキがある。スキは油断から出てくる。油断は「慢心」から。崎の選挙では「排除」の一言で大きく躓き、以前の熱狂的な支持の声は全くといっていいほど’聞こえてこなくなった。

そこへきて代表辞任である。「国政は国政のみなさんに・・・」とのたまったそうだが、逃げるつもりだなと思わざるを得ない。そもそも都知事になってさほど時間が経っていないのに、国政に手をだしたことが躓きの元なのではないだろうか。しかも選挙には出ない、という中途半端なかたちで。少なくとも都知事を1期務め上げた後、きちんとケリをつけてからにすればよかったものを、と思うが「奢れる者」は突っ走ってしまったのだろうか。「しかるべき形で支援」と言っているらしいが、自ら立ち上げておいて「支援」はないだろう。私は「希望の党」を支持する者ではないが党員たちが少し気の毒に思う。

もう一人もおわかりだろう。そう、大相撲の東横綱である日馬富士のことだ。先月末に酔っぱらって同じモンゴル出身の貴ノ岩をビール瓶で殴りつけた暴力沙汰が発覚し、現在行われている九州場所を休場することになった。2週間も経ってから明らかになるあたり、角界という特殊な世界の闇のようなものを思わせるが、日馬富士はもう土俵に立てなくなるのではないだろうか。

角界の暴力事件は今にはじまったことではなく、顕在化していないが今でもある程度行われているのではないかと思う。「稽古」「教育」「指導」などと言う言葉のもとに。今回のように大事にならなければ、角界に対するイメージダウンを恐れてひたすら隠し通されているのではないか。

常に「品格」を求められる横綱のストレスは確かに大きいだろう。ましてや、朝青龍があのようなことになり、白鵬も一時妙な態度をとって問題になり・・・外国人力士に対する様々な圧力もあろう。しかし、それらを無事やりすごす強い意志が横綱には求められる。

私が少し心配しているのは、被害者である貴ノ岩の体調だ。事件は先月26日に起き、今月2人に九州場所の宿舎のある地域の市役所を表敬訪問していたというが、5日から数日入院し九州場所は休場。診断書には「右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」とあるそうだが、「髄液漏」だとすると大変なことになりそうで。

骨折だけならある程度の休養で治るのかもしれないが、髄液が漏れていたとするとその影響は思っている以上に長引き、最悪相撲がとれなくなってしまうのではないかと懸念される。

というのも、以前このブログにも書いたが友人に「脳脊髄液減少症」で10年以上闘病生活をしている人がおり、脳脊髄液が漏れたり減ったりするといかに大変かをある程度知っているからだ。症状は多岐に亘り、その程度も人によってかなり違うようだが、つらくて自殺する人もいるくらい大変な病気だ。

貴ノ岩はまだ20代。髄液漏をひきずってしまうことになると、これはもう一生の問題になってしまう。たいしたことにならないといいのだが・・・

今日の写真は自宅から駅に向かう途中通る切り通し。片側は公園(古墳でもある)で、その反対側は小さな墓地になっている。大きな木が何本かあり、鬱蒼とした陰を道に落としていた。が、最近その記がすべてばっさりと斬られてしまった。これからどうするつもりなのだろうか。

訪れる人もなく縁者も不明の墓ばかりなのだろうか。しかし、かつて人の骨を埋めたところに、マンションでも建てようものならなにかよからぬことが起きるのではないか。墓を墓として残しておくつもりなら、木を切り倒す必要は全くない。何かするつもりなのだろう。今後どのようになっていくのか、通る度に気になっている。

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諸刃の剣を手に取って・・・

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まだ11月も半ばなので今年一年をふり返るのはちょっと早い。が、来月になってふり返っても今そうしても、思うことはあまり変わりがないと思う。来月になれば来月何かを書くかもしれないが・・・

今年一番の出来事は何といってもきものを着始めたことだろうか。なんと平和な!と自分でも思う。様々な災害や理不尽な出来事に翻弄されている人たちのことを思えば、贅沢なことを言っているなぁと。しかし、細々としたところでは私なりに苦労や悩みがないわけでもなし、こればかりは自分の力ではどうしようもない運命のようなものがあると思うのであしからず。

先日、友人が以前から通っている着付け教室に参加してきた。月1回で3人ほどを1人のプロが見てくれるもので、1回ずつの予約が可能。あらかじめ何ヶ月かのカリキュラムがある教室とは違って、持ち物もすべて自分のものが使えるし、自由度が高い。私なりになんとか着付けられるようにはなったが、それでも課題をいくつか抱えていたので参加してみることにしたのだ。

きもの一式を持ち歩くとなるとかなりの大きさ、重さになる。近くならいいのだが電車を使って1時間ほどかかる場所だったので、思いきって着ていってしまうことにした。着ていったのはリサイクルのきもので、紺色の紬だ。サイズがぴったりではないことを知りつつも、風合いや雰囲気がとても気に入って衝動的に買った。どこの紬か不明だが、店の人は結城ではないか、とのことだった。

そのきものは身幅が私にとっては広すぎた。しかし、合わせ方でどうにかなると思っていたのだが、実際のサイズよりかなり広くて無理があることが今回の教室で分かった。上前をちょうどいい位置に合わせると下前がぐるりと背中の方に回ってしまう。当然ながら背中心がかなりずれる。見てくれのいいものではない。きものの師である友人に相談し直してもらおうと思う。身幅を直すのは手間がかかるもので料金もそれなりにかかるが、気に入っているきものなので直してどんどん着ていきたい。

着ていったので、まず着付けの仕方をチェックしてもらった。帯〆の位置が若干危なっかしいという点を指摘してもらったが、その他は問題なし!と言っていただいた。補正の仕方もバッチリだそうである。6月から稽古しはじめたと行ったら驚かれてしまった。着馴れているように見えると言われ、師匠以外のプロから言われて正直かなり嬉しかった。苦労した甲斐があった、と。

教室の通っている人たちの着付けを見学して思うのは、1ヶ月に1度だけ稽古してもなかなか進まないということだ。みなさん、それぞれ都合があるのだろうし考え方もそれぞれだと思うのでそれはそれでいいのだが、性格的なこともあって私にはそのような悠長なことはできない。せっかちなので、とにかくまともに着られるようになりたいという一念で練習をつづけてきた。

6月に通った教室は週に1回で全4回。全く着た事がない状態から名古屋帯の結び方までを4回でやるのだから駆け足もいいところだ。それでまともに着られるようになるはずがない。もう一度教室に通うという道もあったのだが、とりあえず自分のペースで練習してみて、どうしてもうまくいかなかったらまた通おうという結論に達し、夏の間は自宅で汗まみれになりながら練習した。

夏のきものは持っていないし、浴衣も持っていない。持っていたとしても外に着て出かけられるような着付けはまだできない。だから、エアコンをつけ、扇風機をがんがん回し、それこそ必死状態で練習した。補正のタオルを何枚か使うし、下着、肌襦袢、長襦袢をきものの下に着るので真夏の練習はなかなかきつい。ましてや四苦八苦するのでさらに暑い。帯まで行く前にすでに汗だくで、帯で苦労してまた汗をかく。1〜2時間程度の練習なのだが、終わった時には1キロくらい痩せたような気がするくらいだ(実際に体重を計ったわけではない。気分的に)。

9月からは恐る恐る着て出かけてみた。前半はまだ暑かったので、後半になってからのことだ。今から思うと帯の結び方がなっていなかったと思う。恥ずかしいことをしたと思うが、恥をかくことも勉強のひとつと思うことにした。10月に入ってから週に2回を目標に着て出かけることにし、今に至っている。まだまだ課題山積みだが、やはり着る機会をできるだけ多くすることにより少しずつ解決していきたいと思う。

私はそもそも怠け者で、「努力」「根性」「粘り強さ」などとは無縁の人間だ。何かを身に付けたいと思っても、何かを知りたいと思っても、とことん追求するのが苦手な方である。ある程度わかったと思ったらそれで興味が別のものの方へ向かってしまう。従って、何にしても中途半端だなぁと時々自己嫌悪さえ感じる。ある程度のところまで行くまでは、せっかちなので人より早い。が、粘り強い人がコツコツ続けていれば、いずれ私が得たものより多くのものを得ることになろう。継続は力なり、である。

そんな私が今年になって手を出した「きもの」は、もしかしたら体が動かなくなるまで続けたいと願うものなのかもしれないと感じている。私にしては珍しいことだ。この年齢になって、そういうものと出会えたことだけでも幸運だと思う。夢中になれるものがあれば、イキイキとした気持ちで生きていける。あと何年かわからないが、諦めきって生きるよりどれだけ幸せなことだろう。

そう思うと同時に、時折とんでもないものに手を出してしまったな、と思うこともある。興味が尽きなければ欲望も尽きない。とくにある程度着られるようになれば、あれも欲しい、これも欲しい、となる。しかし、欲望には限りがなくてもそれを実現する力には限りがある。体力、経済力だ。

ここ数年、思わぬ不調に見舞われて自分の身体について考えることが多かった。いつ妙な塩梅になるか分からないと実感したことが何度かあった。五十肩、テニス肘、各種神経痛(^^;)などなど、死に至る不調ではないが、活発に動けなくなる不具合が次々と。体調が悪いと気力も失せる。きものを着るには緊張感に応えられる気力が必要なのだが・・・

体力に増して頼りないのが経済力だ。現状では家人に頼り切りの状態なので、全くもって不甲斐ないことになっている。どうにかせねばと思いつつ、どうにもならない日々が続いており本当に情けない。若いころあんなにぱっぱと使わずに貯金しておけばよかったなぁと今になって思っても後の祭り、お笑い草である。

これからは、自分の欲望と、その欲望を充たせぬ自分の不甲斐なさとの相克を抱えていくことになるだろう。きものを着続けることは、ちょっと大げさだが諸刃の剣を振り続けることだと思う。欲が深ければ深いほど、充たされないことからくるストレスも強い。これは当然のことで、欲深な人間に課せられた当然の報いである。乗り越えられるかどうかはわからないが、ここまで来たのだ、この剣を振り続けるしかない。

たかがきもののこと、大げさだと笑っていただいて大いにけっこうである。自分でも少し笑いたいくらいなのだから。

| - | 10:17 | comments(0) | - |
アシズリノジギク

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野菊の仲間はかなり多く、非常に似ていても地方によって若干の違いがあったり、と同定するのはけっこう難しい。手元にある「山渓ハンディ図巻11日本の野菊」を見るとそれがよく分かる。私は何がなんでも正確な名前を知りたいと思うほどのマニアではないが、心惹かれた花の名はやはり知りたい、ということでこういった図巻をいくつか持っている。

「野菊」と聞くとどんな花を思い浮かべるだろう。海沿いの地域で幼い時代を過ごした人たちは、白か黄色の一重の花の群落を思い浮かべるかもしれない。里山に育った人は、淡い紫色の華奢な花をなつかしく思いだすかもしれない。子ども時代私がよく見かけたのは、「関東ヨメナ」だろうか。まだかろうじて残っていた田んぼの脇や空き地などで咲いていたのを覚えている。

野菊はもちろんキク科の植物だが、私の中ではおおまかに「キク属」の仲間と「シオン属」の仲間に分かれる。前者は花が白か黄色で葉の切れ込みがはっきりしているものが多い。後者は紫色系の花が多く、然知的にほっそりしたイメージ。ノジギク(野路菊)は前者で、ノコンギク(野紺菊)は後者に当る。

どちらも好きだが、白い花を最上とするので強いて選べばノジギク。ノジギクにもいろいろあるが、育てたことがあるもの、知っているものの中ではアシズリノジギク(足摺野路菊)やリュウノウギク(竜脳菊)が好みだ。

アシズリノジギクは、その名が表すとおり足摺岬など厳しい岩場に群生する菊で、ノジギク(セトノジギク?)の変種らしい。風雨の影響を強く受ける場所に生きるためなのか、全体的に小降りな姿をしている。草物盆栽などで好まれるのもそういう特徴からかもしれない。

茎や葉をよく見ると白くて細かいうぶ毛のようなものが生えている。そのため全体的に白っぽいというか銀色っぽいというかそんな感じがする。葉は小さめで白い縁取りがあり、葉の裏も白っぽい。ちまちまとした感じに見えなくもないが、私にはそれが素朴で可憐に見えて育てている。

同じ植物でも鉢植えで育てるのと、地植えするのとでは姿が違って見える。また、同じ鉢植えでも小さな鉢で育てるのと、ゆったりした鉢に植えるのとでは違う。アシズリノジギクは葉もぎゅっと凝縮されたように細かいのが「らしさ」なのだが、鉢植えで長年その姿を持ちこたえるのは存外難しい。育てているうちに、全体的にだらしなくなってしまうというか、よく言えばのびのびしていく。私は今までにも何度かそれを経験しているが、今育てているものは私のズボラが逆に幸いしたのか3年目だがまだ特徴をよく表す外観を保っている。

水も肥料も控えめ(意図してそうしているのではなくズボラなのでそうなった)で、一緒に植えていた大文字草は音を上げて消えてしまった。しかし、アシズリノジギクはそれが好みなのか今年はいつになく多くの花をつけている。葉も小さくて「ちまちま」具合もなかなかよい(^^;)

顔を近づけてみると、菊特有のよい香りがする。秋の香りだと思う。これからしばらくは楽しめそうだ。

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死の軽さ

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触れようかどうしようか迷っていたのだが・・・そう、例の座間市の9遺体事件のことである。事件が発覚してから10日あまりが経ち、遺体の身元がすべて判明したといういが、何故こんなことになったのかという真相はまだまだ解明できていないようだ。なにせ生きているのが加害者(?)のみなので精神状態がまともかどうかわからない人の言うことからしか真相のたどりようがない。また、その話もすべて本当かどうかわからず、またしても「何故こんなことに」という疑問がずっと残りそうな気がする。

何人殺せば死刑になるかをあらかじめ調べていたり、遺体を解体する準備をしていたり、と容疑者の計画性は疑いようがない。苦労して解体した揚げ句、発覚を恐れて保管しているところなどはちょっと異様な感じだが、そこまで考えが及ばず計画を実行してしまったということになるとある意味おマヌケで、徹底的に冷酷なサイコパス的な人間ではないように思われる。

もちろん、容疑者がしたことは許されるものではない。たとえ懇願されたとしても、「自殺幇助」という罪に当るし、9人という人数を考えると自殺願望の人を殺すことを最初から考えての行動のように思えるから殺人罪が適用されなければ納得できない人も多いことだろう。亡くなった方々の親族のためにも、綿密な取り調べをし、事件の全容に迫ってほしい。

容疑者が抱いていた動機がまだ明確になっていないので断定はできないのだが、私はこの事件を知った時に「死もまた軽いものになったのか」と思った。殺された側にとっても、殺す側にとっても。

今までに一度も「死にたい」と思った事がない人はそう多くはないのではないか。とくに若いころは感受性も強いから、挫折感にくじけそうになるし短絡的にもなりがちだ。また、私など知りえないほどの不幸に見舞われた人もいるだろうし、常に重苦しい不安感を背負っている人もいるだろう。そんな状態で死を思うことは決して不思議ではないし、また責められることでもない。

しかし、死を考えることと実際に死ぬことの間には大きな違いが、深い溝がある。自殺するための具体的な方法まで考えたとしても、たいていの場合実行までに至らない。やはり死ぬのは怖いのである。それほど死とは重く絶対的なものだと私は思いたいのであるが、昨今次々と自殺していく人たちのことを聞くと、何故そう軽々と死を選んでしまうのかと思うこともある。本当は軽いわけではなく、当人にしか分からない事情があったのだ、と思いたいのだが。

だからといって自殺者を責めるつもりはない。前にも何度か書いたように、私は自殺を全面的に否定するものではない。言葉が適切ではないかもしれないが、自殺を実行に移すには「勇気」が必要だと思う。その「勇気」の持っていき方が死という方向に向かってしまったということであるなら、それはそれで認めてもいいのではないかと思う(ただし、多くの人に多大な迷惑をかける鉄道自殺などはしてほしくないが)。

残された者の悲しみは察してあまりあるが、それでもその人の命はその人のもので、他人の命を奪ったわけではない。悲しみながら認めていかなければ死者もうかばれようがないではないか。

そういう考えを持っているので、人の手を借りて、あるいは人と一緒に死のうなどとは思わないで欲しいと思う。自分の死を自分で決めたなら自分一人で死ぬ「勇気」がなければ。「勇気」という言葉が適切でないなら、「決意」「意志」でもいい。それを持てないのであれば、なんとか我慢して生きつづけて欲しい。転機がいつ来るか全くわからない状態で生きていく「勇気」を持ってほしい。

twitterなどネットの普及も「死の軽さ」を感じさせる事件が多発する要因のひとつだということは認める。そもそもネット自体がお手軽なのだ。お手軽なものを利用して自殺をほのめかしたり、手伝いを頼んだり、共に死ぬ人を探したり・・・そういう行為から「軽さ」を感じても不思議ではないと思うがいかがなものだろう。

実行する決意に至る前に殺されてしまった人たちは可哀想ではある。しかし、可哀想だと同情する一方では済まないようにも思う。死者に鞭打つ気持ちは毛頭ないが、容疑者との接点を持たなければ生き抜くこともできたかもしれないと思うと憐れであり、取り返しの付かない間違いを冒してしまったのではないかと考えてしまうのだ。

私自身、死を考えたことはあるし、周囲に何人か自殺した人もいる。また、自殺ではないが、この年齢になると様々な死と触れることも多くなる。残念極まりない死もあれば、ある程度納得できる死もある。しかし、いずれにしろ人の死は重いし、そうあって欲しいと願っているのだ。だから、もしかしたら顰蹙を買うかもしれないことまで書くハメになる(^^;)。黙っていた方が無難なのにね。

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文庫本問題

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図書館での文庫本貸し出しを注視して欲しい・・・先月だったか、文芸春秋の社長が全国図書館大会で要請した。テレビやラジオでも取上げられて街頭インタビューなどが行われていたと思う。そのうちのいくつかを興味深く見聞きした。

昨今の出版不況を考えると、出版社側の気持ちは分かる。今まで無料で借りられていたものが借りられなくなるのは困る、という借り手側の気持ちも、まあ分かる。で、私個人の意見はというと、ここまで本を買わない人が増えている現況を考えれば、文芸春秋側の意見を支持せざるをえない、ということになる。

そもそも、本というのは商品である。商品である以上、その商品が世の中に出るまでに何人かの手が入っており、それに対する対価が本の値段として提示されている。作家の印税や出版社、印刷会社の人件費、紙代などなど、本が目の前に出てくるまでに様々な労力が費やされているのであり、金がかかっているのだ。本を読む楽しみは得るけれど、対価は支払いたくないというのはちょっと虫が良すぎる。

図書館のサービスは確かにありがたいし、便利だし、本の魅力を広く知らしめるために有意義だと思う。が、ここまで本が売れなくなっていることを本を読む人はよく考えてほしい。買うことによって出版社を守ることが必要な時代になっているのだ。

私も図書館を利用するが、主に古くてすでに絶版になっている本や高くて自分では買えない本を借りている。読みたい本が文庫本として販売されていれば迷わずそれを買う。知識なり楽しさなり高揚感なりを与えてくれるもの、その価値を認めるならできるだけ本は買いたいと思っている。それが本を作りだした数々の人たちへの誠意だと思うのだ。

最近よく古書店に行くが、文庫本はかわいそうに(!)100円均一コーナーなどにあることが多い。しかし、たとえ100円でも値段がついているのだ。お古だから安くても仕方ない、あるいは当たり前なのだが、とにかく価格はついている。基本的に商品には価格がつくのが当然なのだ。

文庫本に限ったことではないが、とにかくタダならなんでもオーケー!としか考えていないような人がけっこういることを時々感じる。たとえ100円でも値段がついていれば買わない。タダなら無闇に手に取る。そんな人々・・・はっきり言っていやしいと思う。スーパーの安売りタマゴを買うために何度も並ぶ人よりもいやしい。

本当に心から読みたいのであれば、多少無理してでも本は買うべきたと思う。とてつもなく高価なら諦めるか、図書館を探してもいい。本を読めるありがたさを分かっている人なら、きっと少しは共感してくれるのではないだろうか。

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