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「菊とギロチン」

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いろいろなところで話題になっている「菊とギロチン」を観てきた。上映時間189分というのは、最近の映画としてはけっこう長い方だろう。が、長さを感じさせない充実した内容だった。

女相撲とアナキストという組み合せが意表をつく。しかし、映画を観れば分かるように、関東大震災直後の時代において権力からの抑圧にそれぞれ必死で挑んだという点で彼らは結ばれている。実在したアナーキスト集団「ギロチン社」の若者たちは、階級のない自由な社会を理想とし、その実現のために金を奪ったり人の命を狙おうとしたりしている。理想ばかりが先走りして自分でもどうしていいかわからなくなったり、腹を立てたり、落ち込んだり、女相撲の力士に心惹かれたり、共感して泣いたり・・・カッコばかりつけているように見えるが、彼らはやはり必死であり純粋だ。そして彼らは若い。

山形で生まれ、一時は全国各地を興業して回ったという女相撲。一座の女たちはそれぞれつらい過去をかかえながら日々懸命の稽古し、真剣な土俵で観る者を魅了する。映画撮影のために日大相撲部で特訓したという出演者たちはみな堂々としていて緊張感溢れる取り組みを見せてくれる。ぶつかり方も半端ではないし、土俵際のねばり、投げの打ちあいなど実に本格的であるのの驚いてしまった。

印象的だったシーンはいろいろあるが、パンフレットやフライヤーにも使われている、浜辺でみなが踊るシーンがとてもよかった。巡業の女力士たち、親方、アナーキストたちが浜辺で飲み食いしながら踊る。国を追われるようにして流れついた乞食同然の人たちにも食べ物を気安く分け、立場も年齢も性別も関係のない開放的な宴の姿がそこにはあった。心の奥に秘められた鬱屈を解放するように彼ら彼女らは踊る。思い思いに踊る。いい動き、いい笑顔だ。

俳優陣がよかった。それぞれの個性をきめ細かく演じながら、目の前にそんな人がいるかのような存在感があった。主役に抜擢された新人の木竜麻生の意志的な表情がみずみずしくて眩しいほどであった。「もっと強くなりてー!」という彼女の叫びがストレートに飛び込んできて、すっと胸の中に収まる。

個人的にはアナーキストたちよりも女相撲の力士たちの方が強く印象に残っているが、女相撲の親方である岩本玉三郎を演じた渋皮晴彦が心に残る。自分がかかえる女たちが本当に相撲が好きなことを理解し、彼女たちを守り、女相撲に誇りを持っていることがよく伝わってきた。

百聞は一見に如かず、というがこの映画については特別それを感じる。もしかしたら今年イチオシの映画かもしれない。

| - | 11:06 | comments(0) | - |
おむすび選手権

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おむすびみたいな顔をしたわが家の「ふく」。海苔ひかえめ。

 

「ごはん」か「パン」か、と聞かれたら迷わず「ごはん」と答える。若いころパンばかり食べていた時期もあったが、中年過ぎからはもっぱら「ごはん」だ。朝食も「ごはん」率が高い。米が好きなのだろう、つくづく日本人!だなと思う。

全農が「おむすび選手権」というのをやっている。47都道府県のおむすびの人気投票、という企画だが、それぞれの県の代表(おむすび)がおいしそうで食べてみたいのがゴロゴロ。各地の特産物を使ったものばかりだと思うが知らない食材などもあって見ているだけでも楽しい。

最近とみに肉ばなれ(運動のしすぎのアレではなくて)しているので、野菜の漬物や佃煮の類いを使ったものにまず目がいく。まず地元神奈川県の「三浦半島大根葉」を使った俵型がおいしそう。使われている米は「はるみ」という品種。大阪府の「昆布入りちりめん山椒」にもそそられる。埼玉県の「みつばと梅干」もいいなぁ。

が、一番食べたいものはというと、和歌山県の「紀州梅」になろうか。やっぱりおむすびは梅干しが基本でしょ。梅干しといえば紀州梅でしょ。てな感じ? が、石川県の「能登塩」も捨てがたい。塩むすびは米と塩が命だから相当自信があるとみた。具を使わないなんて潔いこと!

おむすびは食べ物の基本中の基本であるような気がする。携帯に便利だから出かける時のお弁当になることが多いが、できれば家でもどんどん食べたいものだ。最近白米のみの「ごはん」を食べることがめっきり減ったが、たまにはおいしい白米のみのおむすびも食べたい。いい梅干しを探して。相棒はやはり味噌汁だな。中味はネギと豆腐がいいかな。

| - | 07:21 | comments(0) | - |
秋めく日々

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ここ数日、爽やかな日が続いている。最高気温が35度以上にもなるという異様な陽気の後では、30度でも涼しく感じるから不思議だ。一昨日だったか、風がとても強くて小さな鉢を棚から下ろした。音楽も流れない静かな部屋にいると、風の音がヒューヒューと聞こえた。風に揺すられる木々もざわめいていた。

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 

こんな歌がふと頭に浮かんだ。作者は三十六歌仙の一人でもある藤原敏行。古今和歌集の「秋」に入っている歌である。久しぶりに古今和歌集でも読もうかと本棚を探してみたが、あったのは新古今だけ。手軽な文庫版でもそのうち買うかなぁ。

この爽やかな陽気もしばらくの間だけ、という予報も出ている。今月8個目となる台風20号も日本に近づきつつある。今年の台風は例年のように西から東へと進むことはなく、東から西へ、あるいは妙に迷走して気をもませる。暴風雨の被害を受けた地域には近づいてほしくないと願うが、自然はままならぬ。

子供のころ、台風が近づいてくるとなると父が雨戸を補強し、いよいよ上陸してくると雨戸を閉め切って蝋燭を準備したり慌ただしかった。子供はそんな荒れ模様の天気がけっこう好きなのではないだろうか。私もどこかワクワクしたことを記憶している。

嵐の一夜が明けて外に出てみると、家の前の道は水浸しで床下浸水一歩手前、なんていうこともあった。が、子供たちはそんなことおかまいなしに長靴の中に水が入るのも気にせずに道を往き来した。ドブが溢れて普段は見かけない生物(オケラなど)がいたりして無邪気に台風後のプチ洪水を楽しんだ。

しかし、昨今の水害は半端ではない。川の氾濫も土砂くずれも恐ろしい。自然現象とはいえ、無理な土地開発や林業の衰退、なおざりにされて治水事業などによる人災の側面もあるのではないかと思う。

ひとつの季節が終わりかけ、もうひとつの季節が近づいてくる・・・そんな時期特有の雰囲気が好きだ。淋しさと期待がないまぜになったようでどこか切ない気分が。その気分をひしひしと感じるのはもう少し先のことになろうか。そろそろやってきてほしいのだが。

| - | 08:05 | comments(0) | - |
戸嶋靖昌の絵

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戸嶋靖昌・・・一般的にはあまり知られていないこの画家の存在を知ったのは、昨年1月。日曜美術館で取上げていたのを観た時だった。暗い色彩、荒々しいタッチ、人間性が立ち上ってくるような人物画。私が好きなタイプの絵だった。都内に戸嶋靖昌記念館という施設があると知ったので、いつか行きたいと思いつつ1年以上が経過してしまったが、先週思いきって行ってきた。

戸嶋靖昌は1934年秋田生まれ。武蔵野美術大学卒業後、1974年スペインに渡る。2000年に妻が死去したことをきっかけに帰国。スペイン生活は26年に及んだことになる。帰国してからは2002年に知り合った執行草舟が経営する会社のビルにアトリエを持って制作を続け、2006年没。

日曜美術館ではスペイン時代の戸嶋にスポットが当てられ、かの地の人々に溶け込みながら制作を続ける姿が紹介されていた。スペインの暮らしが長く日本ではほとんど知られていなかった戸嶋が、異国で追い求めたリアリズム・・・それを執行は「孤高のリアリズム」と呼ぶ。死後残された800点もの絵は今でも修復途中とのこと。今後少しずつ紹介されていくのではないかと期待している。

今回は展示替え直後というタイミングで「日本の精霊ー戸嶋靖昌が見た天地」が開催されていた。庭を中心とした風景画とともに、武蔵野美大時代などに撮影された写真が展示されていてそれも興味深かった。仏像の写真が多かったのが印象的。

このところアニミズムに興味を持ちはじめたところだったので、偶然ながらいいタイミングで行けたと思っている。秋にはスペイン大使館でスペイン時代の絵の展示があるとのこと。忘れずに行きたいと思う。記念館は予約制でビルの1フロアにある展示会場には係員が数人。見終わるといろいろ話を聞くことができ、普通の美術館や画廊とはちょっと違う雰囲気がまたよかった。

戸嶋靖昌に傾倒していたという韓国の写真家の本を手に取ってみたが、なかなか充実した内容のようだ。日曜美術館で知った時にチェックしておいた「孤高のリアリズム」(執行草舟著)はAmazonのリストに入っている。少しずつ手に入れて読んでいきたいと思っているが、とりあえず数枚のポストカードを買ってきた。戸嶋に関する対談や講演会の論文などを印刷した小冊子3冊もいただいてきた。まずはこちらを読んでみようと思う。

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| - | 08:55 | comments(0) | - |
プラントハンターの所業

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少し前のことになるが、銀座に開園したGinza Sony Parkで限定販売されていたバオバブの苗木についてSNSで大炎上が起こり販売が中止になった。バオバブといえばやはりまっさきに思い起こすのはサン=テグジュペリの名作「星の王子さま」だろう。そしてまさしくこの商品は「星の王子さま」とタイアップし、パッケージデザインにも効果的に使っている。

この苗木の販売に異を唱えた人たちの多くが「星の王子さま」のファンだとのこと。ごく一部の意見しか読んでいないが、私にはもっともだと思われた。私は知らなかったのだが、「星の王子さま」の中でバオバブは当時席巻していたファシズムの象徴として描かれているのだという。王子さまもバオバブを星を壊す植物として懸命に駆除しようとしている。そして、作者はパイロットとして自由フランス空軍に志願し、ドイツ軍に撃墜されて最期を迎えた反ファシストの闘士だった。

そのようなバオバブを、しかもそれを嫌った王子さまの絵とともに販売するとはけしからん!という意見がネット上に溢れたということだろう。

このプロジェクトの中心になったのは、プラントハンターを自称する人で以前にも話題になったことがある。そう、「世界一のクリスマスツリー」の件で。ブログには書かなかったが、この一件には私も腹立たしい思いを感じており、今回の件を知ってまたか、と思った。植物をたいせつにしているように見せているが、商売道具としか考えていないな、と。

「世界一のクリスマスツリー」は阪神淡路大震災への鎮魂と復興への願いというお題目で昨年末に行われたプロジェクト。樹齢150年のアスナロを根こそぎ引き抜き、クリスマスツリーに仕立ててギネス記録に挑むということでかなり炎上したと記憶している。

木を切ったり引き抜いたりするのが大嫌いな私であるから、このニュースには目と耳をふさぎたくなるような感覚を覚えた。数えきれないイルミネーションに飾られきれいに見えたとしても、それは虚飾の装いである。人間のため、金もうけのため、名声のため、それだけのために生まれ育った地から引き抜かれてきて・・・

当然のようにイベント中止を求める署名が数多く集まり話題にもなったが、かのプラントハンターは迷惑をかけた関係者に詫びつつ、見たくない人は見なければいいと嘯いたという。なんという傲慢さであろうか。これでは阪神淡路大震災で亡くなった人たちも浮かばれないではないか。虚飾にまみれたアスナロを見て心から感動する人がいたとしたら、それは命の重みを考えようともしない軽薄な人たち、商売に利用されていることに気づこうともしないノーテンキな人たち、そんな人々だけなのではないか。

考えてみれば、プラントハンターとは言葉どおり「ハンター」なのであり、学者でもなければナチュラリストでもない。獲物をハントし、時にはそれを披露することに満足感を得る人種なのであろう。かつてヨーロッパの列強は公民問わずプラントハンターを世界各地に送り込み、珍しい植物をハントさせた。イギリスのキューガーデンなどに植えられている植物もハンターたちが持ち帰ったものだ。なにやら植民地主義さえ感じさせる行為のようにさえ思ってしまう。

人間は知りたがる生き物であり、見知らぬものに出会えば嬉しくなる。それは私自身についてもいえることだ。しかし、今の時代それをとことん追求していくことが果たしていいことなのかと考えると、どこかに一線を設けておかないと危ないような気がする。欲望には涯はなく、欲望のままに突き進めばきっと破滅がやってくる。

昔、山野草の栽培にはまった時期がある。いろいろな植物を育ててみたくて、通販業者からかなりの数の苗を買った。いわゆる高山植物に分類されるものもあったが、それらのほとんどは関東地方の平地での栽培は難しく、あっという間に枯れていった。

本来いるべきではない場所で、小さな鉢に入れられ枯れていく植物を見ているうちに、珍しさに惹かれて手元に引き寄せた自分の欲が愚かしいものであることを知った。以来、平地に自生するもののみを育てることにした。

今では少なくなっていると思うが、盆栽や山野草販売の業者の中には「山採り」といってこっそり山から草や木を持ち帰って商品にする者たちが存在する。良心的な業者はきちんと管理された環境で繁殖させて販売しているが、中には悪質な業者もいるのだ。そういった植物の苗を買わないよう注意しているが、珍しさに惹かれて買う人もいると思う。

日本人は「取らずともやはり野に置け蓮華草」「山路来てなにやらゆかしすみれ草」の感覚をまだ持っていると信じたい。これは知りたがりの自分に対する戒めでもある。見たいと思っても無理なことはせず、想像の中でだけ楽しむ。写真やネットや自生する地を訪れることで満足する。そういった態度がこれからはもっと必要になってくると思う。

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ニッポンの夏。妖怪の夏。

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現在私の中では何度目かの妖怪ブームが起きている。もともと好きなので常日ごろ妖怪に関するものが目に留まればチェックしているのだが、夏ということで様々なところで妖怪グッズを見ることが多い。夏イメージが強いお化けと違って妖怪に季節はないのだが・・・

三井記念美術館で「大妖怪展」を見たのはもう5年前になる。もっと最近のことかと思っていたのだが図録を出してみたら2013年の開催だった。そういえばその時買った一反もめんの手ぬぐい、最近使っていないなぁ・・・出してこなくちゃ・・・

先日谷中の全生庵に行った帰り、猫町ギャラリーに行く途中にある「古今東西雑貨イリアス」に立ち寄った。ちょっとおもしろい品揃えの店で以前から谷中方面に行くと寄ることにしているのだが、春に行った時に気になるものがあった。私の好物である妖怪グッズでその時気になったのが帯留だった。

店の人と話をしたら、夏になると毎年妖怪特集をやるとのこと。よし!幽霊画を見るついでに行こうとその時から決めていたのであった。

話どおり妖怪特集は出来ていた。「お化け物産展」ですでに16回目とのこと。ポストカード、Tシャツ、土人形(岡山の住職さんの手作り)、ピンバッジ、そして帯留。店内をじっくり見た後、ポストカードと帯留を購入。帯留は数種類あって迷いに迷ったのだが、河童にした。

ポストカードはそのままカードとして使ってもいいし、切り抜いて組み立ててもいいように作られている。傘化けとカマイタチを買ってきて、傘化けは切り取って作ってみた。なかなか愛嬌がある顔である。最近部屋に入ってくる猫がこれを狙っているので、手がとどかないところにつり下げてニヤリとしている私って・・・

今、「あそぶ神仏」(辻惟雄著)を読んでいるのだが、その中でも触れられているように妖怪は恐ろしいというよりもユーモラスで愛嬌のある存在というイメージが強い。水木しげるさんの功績?にもよると思うが、もともと日本人には人間界とは別の世界に生きる者たちを崇めたり親しんだりする性質があるのではないか・・・最近アニミズムにも興味をもっており、ちょっと勉強したいと思っているところだ。

落語に「化け物使い」という噺があって、人遣いが荒く頑固なじいさんにこき使われて音を上げる妖怪たちが出てくる。のっぺらぼうが出てきて恥ずかしげにうつむいている。じいさん、顔をみせろという。おずおずと目鼻のない顔を見せると、「いいんだ、いいんだ。なまじ目鼻があるゆえ苦労している女もいる」と一言。わはは。

18-0816-2.jpgなかなかかわいい!

18-0816-3.jpg河童の帯留。緑色の七宝。

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敗戦記念日

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毎年夏になると、死者たちを身近に感じる。いつもより近くにいるような気がする。微かな気配なのだが、そう感じるせいか最近すでにこの世にいない人の夢をよく見る。12日の明け方あたりだろうか、亡父が夢に出てきた。父が死んだのは69才の時だったが、夢に出てきた父はもっと若々しく50代くらいに見えた。私の家に突然やってきたのでコーヒーを入れようとしたのだが、砂糖とミルクがないので(私たちはいつもブラック)困っているところで目が覚めた。ちょうどお盆初日だったので、本当にこちら側にやってきていたのかもしれない。予定どおり墓参りにも行ってきた。

数日前は、64才で死んだ元夫が出てきた。夢の内容はほとんど忘れてしまったが、父同様晩年の姿ではなくて若かったことだけは覚えている。息子の結婚を報告しなければ、と思ってこちらも墓参りしてきた。

夏という刹那的なものを感じさせる季節だから死者を近しく感じるのだろうか・・・と思っていた。夏には一日花が多く、また蝉など地上に出てきてからは短命な虫もいる。台風の暴風雨の中でも鳴いている蝉の声を聞いていると切なくてしかたない。マンションのベランダや外階段には哀しいほど軽い蝉の骸が吹き寄せられはじめた。

しかし、思えば8月は原爆が投下された月であり、それ以前にも各地の空襲などで多くの命を奪ってきた戦争が終わった月である。終わらせたのではなく、やっと終わった月。そして今日はその記念日である。私は未だにこの日を祭日にしない理由がわからない。「海の日」「山の日」などどうでもいい祭日を作りながら、いつまでも忘れてはならないこの日がただの平日なんて。

「原爆作家」のレッテルに傷ついた大田洋子。しかしまぎれもなく彼女は被爆したことにより作家として変貌を遂げた。血のにじむような思いをしながらも「屍の街」などを書き上げた。しかし、原爆について書くということは追体験するということであり、それは彼女の精神を蝕んだ。心身ともにボロボロになりながら書いた作品を今年もまた読んだ。

「屍の街」の中の「無欲顔貌」という章で彼女はこう書いている。長くなるが引用する。

 

戦争をしている相手の国が、末期へきて、原子爆弾を使ったことについて、一般には怨嗟的な解釈がされているようである。理性をとおしてよりも、反撥的な感情のもとに、そう云われているようだ。これは甘いあがきである。ソ連が戦争の終りにのぞんで仲介に入り、五分々々に引き分けてくれるだろうと云った。あのおひとよしの夢想に似て、不徹底な考え方と思える。

近代戦争を、十年も十五年もかかって、古い武士のように礼儀正しく、ゆっくりしようと思うのはおかしい。「戦禍の悲惨」を、私どもはただそのために嘆いているのではない。嘆くのは戦禍の悲惨「以前」である。

戦争は冷酷残忍にきまっていて、毒を浴びるような苦痛や、電波で街々を爛れるまで焼き、一軒の家さえ影ものこさぬほど破壊してしまうやり方は、近代戦争ではあたりまえのことにちがいない。それ以外のどんな戦争をも、もはや望むすべはない。

侵略戦争の嘆きは、それが勝利しても、敗北しても、ほとんど同じことなのだ。戦争をはじめなければならなかったことこそは、無知と堕落の結果であった。

広島市街に原子爆弾の空爆があった時は、すでに戦争ではなかった。すでに、ファシストやナチの同盟軍は完全に敗北し、日本は孤立して全世界に立ち向かっていた。客観的に勝敗のきまった戦争は、もはや戦争ではないという意味で、そのときはすでに戦争ではなかった。軍国主義者たちが、捨鉢な悪あがきをしなかったならば、戦争はほんとうに終っていたのだ。原子爆弾は、それが広島であってもどこであっても、つまりは終っていた戦争のあとの、醜い余韻であったとしか思えない。戦争は硫黄島から沖縄へくる波の上ですでに終っていた。だから、私の心には倒錯があるのだ。原子爆弾をわれわれの頭上に落としたのは、アメリカであると同時に、日本の軍閥政治そのものによって落とされたのだという風にである。

長崎の原爆で被爆した作家・林京子も玉音放送を聞いた時のことを書いている。彼女は紙一重のところで命を永らえたが、周囲には死者が溢れていた。息子をなくした父親は、何故もっと早く戦争を終らせてくれなかったのかと嘆き、長い間部屋から一歩もでなかった、と。外に目を向ければ、息子と同年代の生き残った人々を見なければならなず、たいせつな者を失った自分をあらためて自覚しなければならなかったからなのかもしれない。

堀田善衛は、「方丈記私記」の中で東京大空襲翌日のことを書いている。廃虚と化した街をさすらっている時、彼は深川付近で驚くべき光景を目にした。焼け跡のごく一部がきれいに整理され憲兵が建ち並んでいた。そこへピカピカの外車と思われる車が続々とやってきた。焼け跡とピカピカの車の組み合せはこれ以上ないくらいの不調和を感じさせた。生理的に不愉快なほどの不調和の中、あずき色の車から軍服に磨き上げた長靴をはいた天皇が降りてきた。空襲後の街を視察しようというのだろう。

堀田を考えこませてしまったのは、その不調和や天皇についてではなかった。天皇が姿を現した時、周囲で焼け跡をほじくりかえしたりして残ったものを探していた人々の態度に彼はショックを受けたのだ。彼らは湿った灰の中で土下座して涙を流しながら天皇に言った。「陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざと焼いてしまいました。まことに申し訳ない次第でございます。」この言葉に堀田は心底驚いたという。なにもかも失ったのは焼け出された人々であるというのに、彼らの天皇崇拝は揺るぎもしていない、この事実に唖然としたのかもしれない。

時は移り、平成も終わりを告げようとしている。昭和天皇の息子として様々な物を見てきた現天皇は老齢になっても戦争で傷ついた人々の慰撫を続けてきた。SNS時代となった今、12月の天皇誕生日には「はぴばー!」と天皇誕生日を祝うツイートが10代20代の若者からあふれるという。2014年5月にはじめてこのようなツイートがあって当時は非常識だと炎上したという。ツイートした18才の女性は「今の陛下は身近な雰囲気だからツイートも許されるかと思って」と言ったらしい。

私は今どきの若者言葉すべてを許せる人間ではない。しかし、この件については苦笑しながらも許せるような気がする。軽率さは否めないが、天皇に親しみを感じて素直にそれを表現したことはいいことだと思う。焼け跡で土下座した人々に比べたらよほど健全であると思う。また、現天皇がこれを知ったとしても、決して不愉快には思わないだろうとも。

私の部屋は北東に向かって広がる視界を楽しめる部屋だ。時々ぼんやり空を見て、雲の表情や群れをなして飛び交うカラスや鳩などの姿を楽しんでいる。飛行機やヘリコプターもよく見かける。よく晴れた日、飛行機が空高く飛んでいくのを見ると、戦争中人々はどのような思いでB29を見上げていたのだろうか、と想像する。子供たちは銀色の機体を美しいと思ったのかもしれないが、大人たちはどうだったのだろうか。

戦後73年。戦争を知らない人間ばかりになってしまう時代はもうそこまで来ている。知らなくても伝えていかなければならないという使命が私たちにはあるのだとあらためて思う敗戦記念日。

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蜃気楼龍玉の怪談牡丹燈籠

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夏といえば怪談、怪談といえば三遊亭円朝、ということで蜃気楼龍玉さんの「怪談牡丹燈籠」を見に行ってきた。全生庵で幽霊画は見たし、円朝師の墓参りもしたし(手を合わせただけだけど)。場所は行き慣れた国立演芸場。

落語の「牡丹燈籠」については、今までにも何度か聞いてきた。たとえば三遊亭圓生(六代目)、桂歌丸、林家正蔵(彦六)等々。それらはこの長編の中からいくつかの見せ場をピックアップして演出されたもので、「お露新三郎」「お札はがし」「栗橋宿」などに分けられていた。

円朝作品、とくに長編の怪談は「因縁」のもとに何人もの人間が搦み合う。それが魅力でもあるのだが、ともすると誰と誰が過去にどういう関係であったのか等々頭の中で整理するのに手間を要したりする。そこで、分かりやすくするために上記のように分類して語られてきたのだと思う。

しかし、円朝師の速記本では22の章に分かれており、それらをざっくりとでも知れば複雑な人間関係や「因縁」の性格がよく理解できるとこの度あらためて知った。速記本の章立ては以下の通り(wiki)

 

1.島平太郎(のちの平左衞門)、刀屋の店先で酒乱の黒川孝藏に絡まれ、斬り殺す。(「発端/刀屋」)

2.医者の山本志丈の紹介で、飯島平左衞門の娘・お露と美男の浪人・萩原新三郎が出会い、互いにひと目惚れする。(「臥龍梅/お露新三郎」)

3.黒川孝藏の息子・孝助が、父の仇と知らず、飯島家の奉公人になる。平左衞門は気づいたが、黙って孝助に剣術を教える。

4.萩原新三郎、お露のことを想い、悶々とする。店子の伴蔵と釣りに出かけ、お露の香箱の蓋を拾う。

5.飯島平左衞門の妾・お国、平左衞門の留守中に隣家の息子・宮邊源次郎と密通。黒川孝助が見咎め、喧嘩になる。.

6.死んだと聞いたお露が萩原新三郎の前に現れる。

7.相川新五兵衞が飯島平左衞門宅を訪れ、自分の娘・お徳と黒川孝助との養子縁組を持ちかける。

8.人相見の白翁堂勇斎が萩原新三郎宅を訪ね、死相が出ていると告げる。お露が幽霊であることがわかり、仏像とお札で幽霊封じをする。

9.宮邊源次郎とお国、邪魔な黒川孝助を消すため、一計を案じるが、失敗に終わる。

10.伴蔵と妻のお峰、百両で萩原新三郎の幽霊封じの仏像とお札を取り外してやる、と幽霊のお露に持ちかける。

11.飯島平左衞門の金百両が何者かに盗まれる。お国はこれを利用し、黒川孝助が疑われるように工作する。

12.伴蔵と妻のお峰、幽霊から百両を受け取り、萩原新三郎の身辺から仏像とお札を取り去る。(「お札はがし」)

13.飯島平左衞門の機転と計らいで黒川孝助の濡れ衣は晴れたが、孝助は平左衞門を間男の宮邊源次郎と間違えて刺してしまう。平左衞門は、自分が孝助の父の仇であることを告げ、孝助を相川家へ逃がす。(「孝助の槍」)

14.萩原新三郎死亡。

15.飯島平左衞門は深手を負いながらも、宮邊源次郎を殺しに行くが、反対に殺されてしまう。源次郎とお国は飯島家の金品を盗んで逃走する。黒川孝助はお徳と祝言をあげるが、亡き主人・平左衞門の仇を討つため源次郎とお国を追う。

16.萩原新三郎の葬儀を済ませたのち、伴蔵と妻のお峰は悪事がばれるのを恐れて、伴蔵の故郷・栗橋に引っ越す。

17.伴蔵は幽霊にもらった百両を元手に荒物屋「関口屋」を開き、成功し、料理屋の酌婦と懇ろになる。酌婦は、飯島平左衞門の元妾のお国だった。伴蔵は、お国との仲を咎めた妻のお峰を騙して殺す。(「栗橋宿/お峰殺し」)

18.死んだお峰が伴蔵の使用人たちに乗り移り、伴蔵の悪事をうわ言のように喋り出したので、医者を呼んだところ、その医者は山本志丈だった。事の次第 を知った山本は伴蔵にお国の身の上を暴露する。お国の情夫宮邊源次郎が金をゆすりに来るが、逆に伴蔵に追い返される。伴蔵は栗橋を引き払い、山本と江戸に 帰る。(「関口屋」)

19.仇が見つからず、孝助はいったん江戸へ戻り、主人が眠る新幡随院を参り、良石和尚に会う。婿入り先の相川家に戻ると、お徳との間に息子・孝太郎が生まれていたことを知る。

20.伴蔵は悪事の発覚を恐れて山本志丈を殺すが、捕えられる。孝助は良石和尚の予言に従い、人相見の白翁堂勇齋を訪ね、そこで偶然、4歳のときに別れ た母親おりえと再会する。すると、孝助が探していたお国が、母親の再婚相手の連れ子であり、源次郎とともに宇都宮に隠れていることを知る。

21.母おりえがお国と源次郎の隠れ場所に手引きしてくれるというので孝助は宇都宮に出向くが、おりえは、夫に義理立ててお国と源次郎に事の次第を話し、2人を逃す。

22.母おりえは孝助に事の次第を話し、自害する。孝助は二人を追い、本懐を遂げる。

蜃気楼龍玉さんの「牡丹燈籠」は、本田久作氏の脚本によるもので12日から3夜連続口演というかたちを劣っている。第一夜は「お露の香箱」「供蔵の裏切り」、第二夜は「お国の不義」「お峰殺し」、第三夜は「新三郎殺しの下手人」「お露の前世」だ。私が行ったのは第二夜だが、今まで聞いたことがない発端の部分が入れ込まれており、ああ牡丹燈籠というのはこういう話だったんだと新しい魅力を発見したような気がした。

上記の22章を全体的に見てみると、この話の主人公はどうやら黒川孝助であるように思われる。父親を殺した敵と知らず飯島平左衛門の家来となり、自分をかばって死んだ主人の敵を討つ・・・物語の最初と最後に出てくるのは彼だ。しかし、今までの牡丹燈籠には孝助は出てこなかったのでその存在すら知らなかった。

昨日の二話は怪談というよりも人情噺といった感じだったが、ほとんど「笑い」の要素がないピンと張りつめた高座だった。龍玉さんの高座に接するのはまだ二度目だが、この緊張感が彼の持ち味、個性なのかもしれないと思う。また、このような連続口演の場合、できるだけ通しで聞きたいと思った。通しで聞けばさらにおもしろくなりそうだ。

会場で配られた二つ折りのリーフレット(何やら不備があったとかで終了後回収していたが私はそのまま持ち帰った。不備ってどこだ?)の中には登場人物の相関図が掲載されていてとても分かりやすい。

また今回の作品を脚色した本田久作氏の文章も載っており、龍玉さんを三遊亭圓朝ー三遊亭小圓朝ー古今亭志ん生ー金原亭馬生(十代目)ー五街道雲助というラインに連なる噺家であると書いてあるのが興味深い。

五街道雲助師匠はまだ聞いたことがないが、古今亭志ん生は私が一番好きな落語家であり、その息子である馬生も大好きなのだ。

やはり落語もまた実際に目の前で見聞きするのが一番楽しい。これからも機会を見つけて龍玉さんを聞いてみたい。

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円朝まつり〜幽霊画

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ハガキを買ってみた。右が「幽霊図」(丸山応挙)。左が「怪談乳房榎図」(伊藤晴雨)

 

一昨日の11日は落語の世界では「神様」とも呼ばれているという三遊亭円朝師の命日だった。菩提寺である谷中の全生庵では毎年8月に「円朝まつり」が行われており、全生庵が所蔵する幽霊画を公開している。昨年も見たのだが、今年も少しゾッとしたくて昨日行ってきた。

三遊亭円朝は江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した落語家であり、落語の演目の創作家でもあった。とくに怪談噺は有名で「怪談牡丹燈籠」「真景累ケ淵」「怪談乳房榎」などが有名。落語を聞きはじめてから、私もこれら怪談にはまっていろいろ聞いてきた。

どれも長い噺で、いくつかに分かれている。高座にかけられる場合は連日に亘って通しでやるか、特定の噺のみをやるか、になる。先日無くなった桂歌丸師匠も熱心に取組まれており、5夜連続などで高座にかけられていた。体力気力が必要な噺ともいえる。

今でもいろいろな噺家がとりくんでいて、夏になるとあちこちで怪談噺を中心とした落語会が催されている。全生庵でももちろん開催されていて、一度は聞きにいきたいと思っている。

さて、幽霊画。今年は見に行く前に、敬愛する辻惟雄さんが監修している「幽霊名画集〜全生庵蔵・三遊亭円朝コレクション」を読んでおいた。公開されるのは一部なので全貌を知りたかったのと、それぞれの絵についてあらためて知りたかったので。

「幽霊」とはどのようなイメージだろうか。白い着物を着た足のない女性の幽霊のイメージは、丸山応挙の幽霊画からきている、と言われている。全生庵にも応挙筆(と思われている。落款がない)幽霊画があり毎年公開されているが、なるほど足がなくて白い着物。髪は乱れているが恐ろしい感じではなく、顔はとても美しい。

本によると、「幽霊画」と「妖怪画」(これまた好きなんですな!私)の区別については諸説あってまだ定まっていないようだ。「幽霊」は妖怪の特殊タイプで生前の姿をしており生者の前に現れる死霊、「妖怪」は異界に住む“祀られぬ”霊的存在、だとする説(小松和彦氏)。「妖怪」は縄文時代のアニミズムに根ざすが「幽霊」は弥生時代の祖霊信仰につらなり、“人間であったものが人間の形をとって現れるとする説(諏訪春雄氏)などなど。

ちょっと頭が混乱してきそうだが、一般的なイメージとしては「幽霊は人間の死者でなんらかの理由で生者の前に現れるもの」「妖怪は奇妙キテレツな姿で現れ人間を驚かすもの」といったところか。水木しげる氏の仕事の影響も多々あると思う。

私は妖怪好きだが、幽霊はとなると・・・やはりちょっと怖い。怪談には怖い幽霊のオンパレードで、頭の中で情景がどんどん広がって・・・キャー!(^^;)。VRお化け屋敷も相当怖いらしいが、私は落語を聞いて怖がる方がいいや。今日も夕方から怪談を聞きに行く。

18-0813-2.jpg円朝の墓。落語協会などの豪華な花が供えられている。

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たかがオリンピック

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いいやはや。まったくもって。腹立たしいやら情けないやら。

オリンピックについては未だに反対だと先日書いたので、当分触れるのはよそうと思っていた。根気強く反対を言いつづけることは必要だと思うが、かといってだらだらと文句ばかり言っていても虚しくなるだけ。それに今日は急遽思い立って出かけたので、その件について書こうかと思ったのだが、やはり少しは嘆いておかないと・・・

一体全体、この国の政府はオリンピックのためにどれだけ犠牲を強いようとしているのだろうか。なにがなんでも、オリンピックに役立つなら国民(自国だけでなく)を無理やりそれに合わせようとすることが、理不尽この上ないことに思い至らないのだろうか。バカ?

サマータイムだって?なにそれ。パラリンピックを入れても1ヶ月間くらいしかないのに、その期間のために2時間繰り上げる?支障をきたす人たちがたくさんいるのを知っている?あ、知っていても知らんぷり?

昨今の猛暑を鑑みてのことだと思うが、いかにも急場凌ぎの浅はかな猿知恵としか思えない。2時間くりあげなくたって、競技の開始時間を2時間早くすればいいだけじゃん(だんだん下品になってきた・・・)。

農業など自然を相手にする職業やIT企業、たぶん流通も、あの業界もこの業界も対応に苦慮するだろうし、体調が狂って具合が悪くなる人が続出するのではないかという懸念もあるらしい。

サマータイム制導入を提案、というニュースが流れた時、どうせ却下されるに決まっていると思った。が、政府が本格的に検討となって驚いてしまった。まさかとは思っていたのにそこまでひどいとは・・・たかがオリンピックのためにこれからもこんなことが続々と出てくるのだろうか。あーやだやだ。

もうひとつ。東京オリンピックのスタジアム(メインスタジアムである新国立競技場のことか)の建設に必要な木材を得るために、ボルネオ島プナン族の生活を脅かす森林伐採がなされており、世界各国から14万通の反対署名が日本大使館に送付される、というニュース。

完成予想図のパースを見ると、なるほど多くの木が植えられ建物にも木材がふんだんに使われる設計となっている。設計者の隈研吾さんは国産の木材を使うデザインで有名な人だからさもありなんと思える。が、その木材がどこからどのように来ているかなど今まで考えが及ばなかった。

熱帯雨林の破壊などなんのその。そこに住む人々の暮らし崩壊などなんのその。このニュースが本当だとしたら、日本は世界に対してまたしても大きな恥をかくことになるといえるだろう。オリンピック当局はすべて倫理的に供給されており問題なしとしているらしいが、全く問題がないのに14万もの署名が集まるものだろうか?

設計者である隈研吾氏は、反対署名についてノーコメントだという。これほど大きな組織に組み込まれていたのでは言いたくても言えないのかもしれない。圧力がかかっているかもしれないことは容易に想像できるが、実際どうなのか知りえない以上なんともいえない。そもそも設計している時点では設計者のものだが、発表された時点で設計者の手を離れたことになるのかも。

この件についてはtwitterが盛んに伝えている。マスコミは一切とりあげていないらしい。twitterを使わない人たちは知りえない情報だということだろう。まったくマスコミはだらしない。もしかしたら真剣に考えている人たちもいるのかもしれないが、握りつぶされている?あーやだやだ。

ここも、読んだ方がいいかも・・・

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